「ほっ」と。キャンペーン

立体視できない目になったみたい&Dr.ストレンジ

懸賞 2017年 02月 20日 懸賞

春二番だそうです。ここまで風の強い日に出かけたのは初めてでしたが、
なんとか無事に帰ってきました。

 映画は吹き替え版と3D字幕版なので仕方なく3D字幕を予約してありました。
がっ、3D眼鏡を掛けても何も変わらず、主人公以外は二重の映像を見せられただけでした。
字幕も二重に見えてしまうので往生しました。

昔はちゃんと見えたんですけどね…

調べたらそういうタイプの人間もいるらしいの。ほとんどが斜視だったり左右の視力が大幅に違ったりするそうだけど、年のせいかね。
中には脳に問題のある場合も…私これかしら(^^;) 耳鳴りもそのせいかもね~。

3D眼鏡の借用代、返して欲しいわ・・・

★映画はこれを見ました。ドクター・ストレンジhttps://www.youtube.com/watch?v=dGdpoXuDreE
 ストーリーは、まあハリウッド映画によくある傲慢な主人公が身体が不自由になり、エキゾチックな力で正義に目覚めるというようなもの。
 元は人気のアメリカンコミックで、米国の人々はみな読んでいるというのが基礎にあるせいかストーリーとしてはちょっと安易かも知れない。
 でも特撮はかなーり、力を入れましたよね。終わって少し映像があり、長~いエンドクレジットのあとに、その続きがまた少しある。これもアメコミを知ってないと解り辛い。

 カンバーバッチ氏が好きなので観ました。「仕事選んだら」という意見をどこかで読んだけど、
日本の俳優のように二枚目は二枚目、脇役は生涯脇役というのと違い、どんなものでもチャレンジし、本人もファンも、知らなかった面や役柄を楽しむってのは良いことだと思いますけどね。

 彼は、ディズニー映画・繊細な優しさ溢れる凛々しい将校、奴隷時代の正しい道を求める英国首相、SF映画での哀しみを隠し持つ悪役、中世の初夜でおもらししてしまうような情けない貴族、余命いくばくもない青年、大人気のドラマ・シャーロック・ホームズ現代版などなど、私が見ただけでもたくさんのタイプを演じています。
本国でのシェークスピア作品の舞台が見られないのは残念ですが。
 今回のDr.ストレンジも自らが出演したパロディー映像がYouTubeに揚がっています。









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# by bumidayat | 2017-02-20 21:35 | PKD・体のこと | Comments(0)

お辞儀の仕方

懸賞 2017年 02月 13日 懸賞

最近は、デパートの店員、スーパーのレジ係やコンビニ、TVコマーシャルで見かける
お辞儀の仕方が気障りで目障りで・・・

なぜ、お腹の前で手を重ねて肘を横に突っ張るんだろう。
中国式なの?

だいたい、コンビニってのは、コンビニ敬語を広めたりで印象が悪い。
若い人の利用が多いし従業員も若いしで、広まるのが早いよね。

社会との初めての接点がコンビニだと、それが正しいと思い込んで、ずっとそのままになる。
特殊な世界だと思わないと、ペナルティーで一日分の給料を引かれるのも当然だと思ってた人も居るかも。お金に関しては違うか(笑)

とにかく、肘突っ張りお辞儀は止めてよね (*_*;)









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# by bumidayat | 2017-02-13 17:46 | Comments(2)

PDFが

懸賞 2017年 02月 11日 懸賞

見られなくなっちゃった。どうしたもんだろ…不便だ
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# by bumidayat | 2017-02-11 04:37 | Comments(0)

元旦 東国三社巡り 成田山新勝寺とまとめ ❹ 終

懸賞 2017年 01月 24日 懸賞

バスの集合時間に誰も遅れることなく、乗客に関しては無問題で、二社の参拝は済みました。

ANAクラウンプラザホテル成田でランチバイキング
ここクリック
 全面ガラスの明るいレストランでした。料理はおいしく、デザートはミニサイズで色々なものが楽しめました。飲み物はまあ普通(笑)
ツアーのセミタイトルに「お一人様一つ付き」と謳っていた「ミニ・フォアグラ丼」が、刺身の醤油入れのような、ぐい飲みサイズで笑ってしまった。夫婦して肥大したレバーはあまり好きではないのですが、無理やりS坊に二つ食べてもらいました。
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成田山新勝寺へ。境内図
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これがまあ前回1月に来たとき同様に、駐車場に入るのに渋滞しちゃって…
やっとのことで降りましたが、元旦のせいか、入山するのに行列していました。それも表裏参道ともずーーーーーーーっと。          
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ここは表、裏ともに参道が細いうえ、一旦谷底に降りるような処なんですよね。
そして山門には長い階段…
 参道の両側にはびっしりお土産屋さんや飲食店が並んでいるんです。
前々回は真夏で個人で来ましたので、ぶらぶらと参道を降りながらお土産屋さんをひやかしたり、名物のうなぎを堪能したのですが、参道はどちらも歩くことが出来ない…最後尾にも到達しない(笑)
空いていたらこんな感じd0009105_7431554.jpg d0009105_7435971.jpg








並んだとしても、お参り出来るのは、4時間くらいかかるのでは? 前回初詣したから勘弁してもらおうと(毎年するのが初詣ですけどね^^;)
ホテルランチしたばかりだから、うなぎ買いましょう・・・行列に逆らい迷惑がられながら、坂を登りましたが、鰻屋さん探すどころではない、見えない・・・ではお茶でも…人を掻き分けて何店か見ましたが、いずこも満員。

もう足が痛くて、坂を降りてバスで時間をつぶそうと・・・
           ・・・・・・バス、カギかかってました (;゚Д゚)
そこで向いの信徒会館へ行き、お茶のお接待を受け、ほっと一息^o^
ありがとうございました!!
        信徒会館d0009105_7461686.jpg











    毎年TVでやるけど、
豆撒きの日もまたこんなに混むんだろね。海老蔵はじめ芸能人たくさんだし。


バス出発。添乗員のお兄さん、「時間が押しているので、これから行く、さくらの山公園は車内からの見学とします」えーーーっ!!
飛行機のお腹見るのを楽しみにしていたのに、空の駅で買い物も楽しみにしていたのに…

こんなのを見るはずだったのに。yotubeクリック


             
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さくらの山公園http://guide.travel.co.jp/article/8578/

          空の駅さくら館ここクリック


公園の駐車場に5分ほど停車して、たった一機をぼんやり眺め、バス出発。
帰り道も順調で、「時間が押して」いるはずだったのに、予定より40分も早く着きました。なんなの…

☆☆☆若い添乗員のお兄さん、すんごい早口で、マイクに口を近づけ過ぎで、何を言っているのか皆目分からず、S坊に聞いても「多分○○だろ」とか、集合時間は何と言ったの「わかんない…」てな感じ。まあ降車口で集合時間を書いた紙を掲げていたからOKでしたけどね。
バス降りるときにコート着たりで手間取っていたら、門前まで行かれてしまい、置いてきぼりで慌てて追いかけました。(途中でS坊待っててくれましたが)人数確認して行かないのね(;;)

観光地でバスの客が一人消える・・・
     ・・・・TVの安っぽいご当地ミステリードラマみたいじゃん(@@;)

走行距離はそんなに長くなかったけれど、ドライバーさんが二人で安心でした。その点は会社は気を使っているのね。


                    ☆最後に東国三社☆彡
鹿島神宮】                           【香取神宮
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息栖神社
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 やはり三社をもっと時間をかけて見たいので、新緑の季節にでもまた行きたいと思います。
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# by bumidayat | 2017-01-24 01:30 | お出かけ

元旦 香取神宮 東国三社巡り ❸

懸賞 2017年 01月 21日 懸賞

12月15日【息栖神社】ここクリック
1月12日【鹿島神宮】】ここクリック

                                               の続きです。

三社の位置 d0009105_2115963.jpg










【香取神宮】ここクリック
  
鹿島神宮より、昔の『国家神道』を意識しているような気がしました。

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香取神宮は、全国に400社の香取神社の総本社。
  御創祀は神武天皇18年(紀元前643年)と伝えられ、
主神は、経津主大神(フツヌシノカミ) 現在の御社殿は元禄13年の御造営。
毎年4月14日の例大祭には、宮中より御遣いが参向される勅祭の神社。
平安時代において「神宮」の称号で呼ばれていたのは、延喜式によれば伊勢神宮・鹿島神宮・香取神宮の三社だけであり、香取・鹿島の両神宮は北方の蝦夷を征伐するために造られた大和朝廷の前線基地であったと言われている。

『延喜式』によれば、神宮の鎮座する下総国香取郡は神郡、すなわち郡全体が神宮の神領に指定されていた。
元禄時代までは306,000坪。中世には、神官同士の争いや千葉氏に代表される武家からの神領侵犯があり、
千葉氏の滅亡後、代わって関東に入った徳川家康の下で天正19年(1591年)に検地が行われた結果、社領は大幅に削減され、現在37,000坪

香取神宮は、国家鎮護の神として、皇室からの御崇敬が最も厚いそうです。
それを思わせるような黒々とした社殿d0009105_21241134.jpg
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天皇陛下が行う【四方拝】にも重要視されているのが分かります。
★これ興味深いです !!★ 礼拝の仕方の映像
ここ是非クリック
 元日の午前5時30分に、天皇が黄櫨染御袍と呼ばれる束帯を着用し、皇居の宮中三殿西側、神嘉殿の南側の庭に設けられた建物の中に入り、
 伊勢神宮の皇大神宮・豊受大神宮の両宮に向かって拝礼した後、四方の諸神を拝する。
[伊勢神宮、皇大神宮、神武天皇陵・先帝三代(明治天皇陵、大正天皇陵、昭和天皇陵)、豊受大神宮、氷川神社、賀茂別雷神社、賀茂御祖神社、石清水八幡宮、熱田神宮、"鹿島神宮""香取神宮"]
現在ではあくまでも皇室の私的な行事とはなっているが、天皇陛下が年初に国民と国家の安寧を遥拝されてお祈りされる神聖なことのひとつとされている。
※やはり天ちゃまは、一心に国民のために祈って下さっているのだと感じる。退位しても、今の天皇にやって頂きたいw)


             一の鳥居
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境内配置図d0009105_21434697.jpg










             参道入り口
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二の鳥居d0009105_1440332.jpg       d0009105_14404968.jpg








鳥居の脇に、木の立派な看板が。
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                                  定
『車・馬を乗り入れる事
 魚・鳥を捕える事
 竹・木を伐る事
 境内において禁ずる』

三の鳥居d0009105_14423295.jpg 
       総門d0009105_1443496.jpg




 
                楼門
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                 拝殿
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回廊d0009105_14453684.jpg 境内 d0009105_1447318.jpg













          神幸祭立て札
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香取神宮の式年神幸祭には華麗な龍頭船が行き、鹿島神宮から典雅な迎え船が出るそうです。


混雑
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実際はこんな感じ。表参道、裏参道ともにぎっしり並んでいました。


夕景の画像を見つけました
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夕暮れ、灯が燈った神社っていいですよね♪ 
次回は夕方だw



香取神宮宝物館http://www.chiba-web.com/chibahaku/13/  
                   
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●国宝 「海獣葡萄鏡」中国唐時代                 
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●重文「双龍文鏡 和銅鏡」製作年代(1149)
正倉院御物、大山祇神社の神鏡と共に 『日本三銘鏡』





●重文 「古瀬戸黄釉狛犬 1対」阿像・吽像d0009105_14522615.jpg
  室町時代。阿像は250 円切手のデザインとなっている。








★重文の数々の古文書(中のひとつ『香取大禰宜家文書 15巻7冊(381通) 』はなぜか個人蔵で、平安時代からの記録の詳細が不明?鹿島神宮のような本が出来るといいのに何とかならんものかしら…


菊の御紋の戦艦香取の舳先d0009105_1453714.jpg












ショーケースd0009105_14534495.jpg









★宝物館にしては何だか不思議なものがいろいろと。
一階には、「練習艦かとり」に乗船した訓練生が奉納したという世界各地のお土産物品が。。。マヤの暦だったり、メキシコの彫物や仮面、モルフォ蝶の額、なんとバリ島の黒檀の女性の胸像も・・・意味不明すぎる。こういうものを奉納している海自幹部候補生、大丈夫かね?
 2階には、海獣葡萄鏡や重文の品々ほか、外国人作の日本の古代神話絵画集が・・・宝物館に入れるべきものなのかね。
  博物館や美術館と違い、学芸員が居るわけではないから仕方ないと思うが、他の神社仏閣はきちんとしているよね。

 本殿など数年前に大規模修繕などして完璧なのに、宝物館は古色蒼然、老朽化丸出しでした。
その上、あの展示方法…国宝と土産物が同じところにあるって変ですよ。
そのうち建物をリニューアルするんでしょうが、その際はきっちり分けて展示して欲しいものです。

   


【奥  宮】(おくのおみや)d0009105_1561844.jpg
香取の宮中、旧参道の中程に鎮座。経津主大神の荒御魂を祀ります。
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     現在の社殿は、昭和48年、伊勢神宮御遷宮の折の古材に依るもの。




奥宮にふさわしいひっそり感
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奥宮の入口左側に「天真正伝神道流」始祖・飯篠長威斎 墓」がありました。
立看によると、
日本最古の剣道の流儀を始めた人物。以来、中条流、影久流、鹿島神道流などが誕生。
"香取神宮の境内"で、剣法の奥義を極めた。ので、そのため、鹿島神宮と香取神宮は共に剣道を学ぶ人たちにとっての聖地にもなっているそうな。ナルホド…
特に、香取神宮の神徳館には剣道と精神修養のための合宿にも盛んに使われているそうな。
【神徳館】神徳館
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 弟子として、鹿島神宮の神官の息子塚原ト伝は、父親から学んだ鹿島古流(鹿島中古流)に加え、天真正伝香取神道流を修めて、これは私でも知ってる「鹿島新当流」を開いた。







1月16日には【星鎮祭】 
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弓道場に設けられた大星的を射ぬき、邪気を祓う祭事。
星の運行を乱し、世の混乱を起こす「アメノカカセオ(あまつみかぼし)」という神を、
香取の神が弓で射落とし、星塚に鎮めたとする神事です。
弓道場の矢道に大星的を設置し、4名の射士が射ぬいた後、竹を塚に見立てた小さな砂山に刺して、星の神を鎮めます。
私はなんだか、この鎮められた「アマツミカボシ」さんが気になるんです^^
  




御神木の大杉。向こうは神札授与所
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要石d0009105_15144755.jpg
鹿島神宮のは凹んでいましたが、どんな意味があるのでしょうね。








            奉納された自衛隊練習艦かとりの錨
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【津宮の浜鳥居】 香取神宮の奥宮から真北に進むと利根川の川岸に木の大きな鳥居が建っています。d0009105_15203156.jpg津宮鳥居とか浜鳥居と呼ばれているようです。「津」は湊のことだそうです。
昔は「香取の海」「香取の流れ海」と呼ばれ、鹿島神宮と香取神宮はこの内海を挟んで鎮座。                  
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(1,300年前から明治時代前期まで)
 

今は霞ヶ浦も小さくなり、この湊のある場所も利根川沿いになりましたが、ここが香取神宮の参拝入口だったことをうかがわせます。
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川から見た鳥居と常夜灯。護岸が高いな…








摂社のひとつ【又見神社】d0009105_152531100.jpg

 
向かって右脇に古墳の石室が露出しています。d0009105_23415825.jpg  


← ↓








多分つくば産の雲母片岩を組み合わせた石室で玄室のみ残存。
コの字に刳り貫いた玄門の造りは、つくば市の官衙に行ったついでに見た平沢古墳群とよく似ている。


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江戸時代の俣見神社図 これにも記載されていますね。
社殿の下2mにも箱式石棺があるそうな。見たい…



小さな奉献品を納めたら、神札を頂きました
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                               御朱印、これで三社すべて揃いました。



















三社守りd0009105_15131245.jpg  d0009105_15134153.jpg











三社めでたく廻り、神紋3枚全て貼ることが出来ました♪
  神紋は、鹿島=「流れ三つ巴」息栖=「三つ巴」香取=「五三の桐」




☆☆☆香取神宮は列に並ぶスタイルなので、10人ほどの幅でずーーーーーーーっと、表・裏参道共に並び、参道の両側の店々も入れないくらいでした。手水なんてどこにあるやら分からず探してやっと見つけ、離れているせいか空いていた奥宮を拝しました。
鹿島神宮も人出は多かったですが、自由に入れましたので並ばされるのはどうかなと思いましたが、あちらと比べると狭いので仕方ないのかしら。行列に並んでいたら、多分4時間くらいかかったのではないかと…(-_-;)
 三が日は香取神宮の参拝は避けたほうがいいと思いました。
    次回は桜か新緑の季節にゆっくり回りたいです。

※※※ 成田山新勝寺など、まとめに続く
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# by bumidayat | 2017-01-21 21:20 | お出かけ

元旦 鹿島神宮 東国三社巡り ➋

懸賞 2017年 01月 17日 懸賞

12月15日【息栖神社ここクリックの続きです】

三社の位置                   
        1,300年前から明治初期まで             現在                 d0009105_124121.png d0009105_124731.png








国は本気で埋め立てしたのね。





10月に行った、米国の宇宙飛行士が宇宙から日本のある場所が光っているのを見て、訪ねてきたという【御岩神社】ここクリック
創立年代が古すぎて不明なので、創立年ランキングに一度も入ったことがないそうですが、この鹿島神宮も相当な昔。
ランキング一例ここクリック



【鹿島神宮】ここクリック
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常陸国(茨城県)の一之宮である鹿島神宮は、全国に約600社ある鹿島神社の総本社です。
創建は神武天皇の時代と伝えられており、関東の中で最古の神社です。

「神宮」と名の付く神社は今ではいくつも見られますが、
平安時代から、伊勢神宮の他に神宮と呼ばれたのは、この鹿島神宮と向かい側の千葉県にある香取神宮だけだそうです。

主神は武甕槌神(タケミカヅチ)。アマテラスに命じられ本拠地鹿島から、神栖の天鳥船神(息栖神社の)に先導され、出雲の大国主と和平交渉して成功した神様です。

平安時代には、鹿島出身の藤原氏(中臣)の勧請で、御蓋山(三笠山)→春日大社へ、この鹿島神宮のタケミカヅチ神のご分霊が、息栖神社のアマノトリフネ神の先導で、白い神鹿に乗って行きました。(50年後の政変時に、次に書く香取神宮のフツヌシ神(経津主神も勧請されました)

このとき、旧地名「香島」(かぐしま)(かしま)だったものを「鹿島」と称するようにと。

だから、春日大社には社殿が更にお迎えした二神を含め、四つ並んでいるんですって。
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ですので、春日大社と奈良公園の鹿のルーツは鹿島神宮。(鹿島で一度、絶滅して一部が里帰りして現在に至るww)
 今公開されている国立博物館の「春日大社 千年の秘宝展」にも行きたいな~。
ここクリック
同じ神様を祀っているのに春日大社はうまいですよね。朝廷の庇護を受け続けていたというのもあるし、祀り方も華やかであでやか。おかげで世界遺産にもなりましたね。


鹿島神宮は440,000坪と広いけれども、文禄四年さらに佐竹氏が改めて29,900石を寄進したのに、豊臣秀次に500石に減らされたり、大火にあったり不運も。
一石は約300坪だから8,970,000坪が、1,000坪になっちゃったわけね。
この年、秀次は秀吉の怒りに触れ自害させられたそうな。神罰かしらん。
 もしそのまま頂ければ、9,470,000坪だったのにね。それでも伊勢神宮に遠く及ばないw
ちなみに伊勢神宮は27,500,000坪ですって、世田谷区ぐらいだそうな。すごい…

その昔、遷宮も行われていて、明治初期までは斎王制度があったそうです。お役目は神官のお嬢さんが。


行く前に図書館で常陸国風土記はじめ、探せるだけの三社関係の本を読んだのですが、特にこの本は素晴らしい内容でした。昭和43年出版の先代の大宮司の書かれた本で、「ほー」とか「へー」とか「え、そうだったの!」というところをコピーしようと付箋を付けていったら、ほとんど全部になってしまい(^^;)買うことにしました・笑
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(鹿島神宮だけではなく、古事記や地誌など、並々ならぬ知識に感嘆。また戦後はGHQに皇室から厚い御崇拝を受けていたため睨まれ、ジープで石段を乗り上げてきたなんて話も)


さて、鹿島のタケミカヅチ神のご分霊は、白鹿に乗り、数々の鹿を引き連れて春日大社へ向かいます。
立ち寄った東京の江戸川区にゆかりの鹿骨(ししぼね)という地名が残っています。
(東京に地名変更の嵐が吹き荒れた時に、地元の人々の大反対でこの地名が残ったそうです)
町のあちこちに鹿の像がd0009105_20284147.jpg
だから小中学校やバス停などにも^^

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鹿骨神社 鹿の像がありますね

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 「…神護景雲元年(西暦767年)に、藤原氏は氏神である鹿島の大神の 御分霊を奈良にお迎えして春日神社を創建しましたが、そのとき、御分霊を神鹿の背に乗せ、多くの鹿を連れて一年がかりで奈良まで行きました。
その時の鹿の足跡が、東京都江戸川区の鹿骨をはじめとして、東海道を三重県の名張まで続いて残っています…
村の口碑によると、常陸の国鹿島郡の鹿島大神が、大和国奈良の春日へお移りになる途中、大神のお供をしていた神鹿が急病でたおれたので、村人たちが丁寧に葬って祀ったのが鹿見塚で、村人たちは、これを奇縁として武甕槌命の分神と天照大御神ほか三神を勧請して一社を建立し、鹿島神社と名づけたともいわれている」(江戸川区教育委員会)

          鹿見塚神社や鹿島神社もあります。d0009105_20321599.jpg






また滋賀県草津もお通りになり、立木神社も出来ました。d0009105_20345394.jpg立木神社について
ここクリック
あちこちに足跡が残っているんですね。










神宮橋から見える 海鳥居(一の鳥居)
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水に赤い鳥居は美しいですね。

バスからは見えませんが、海岸の二の鳥居
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(昭和初期頃)護岸が出来ているけど開口部がある

        (昭和中頃)
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護岸が高くなり塞がれてしまった


             (3.11地震後)d0009105_1337204.jpg
護岸が更に高くなり、海から入れない現在。仕方ないとはいえ、海も見えないし、ちょっと悲しい。






境内図
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楼門を過ぎるとほとんどすぐに横向きの本殿が。


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  d0009105_13523227.jpg楼門

手水には10mほども並んでいましたが、大き目の手水舎に柄杓がたくさんあるので意外に順調に進みました。
あとは並ぶ指示がないので、沢山の人で大混雑ではありますが、広い境内、それなりにお参りは出来ました。




楼門を入り正面に小さな高房社。
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本宮の社殿正面に鎮座していますが、全く目立たないのでほとんどの人がお参りしないけど、本殿に詣でる前に参拝するのが古例なんだそうです。
祀られているのは建葉槌神(タケハヅチ神)。
 タケミカヅチ命は葦原の中つ国をことごとく平定しましたが、星の神の香香背男(カガセオ。アマツミカボシとも)だけは服従しなかったので、建葉槌命(たけはづちのみこと)を遣わし懐柔したそうです。
 本殿の真向かいに、小さいとは言え祠を作って祀るのは功労賞でしょうか、とても珍しいのではないかと。
 服従させられた天津甕星(あまつみかぼし)。別名、天香香背男(あめのかがせお)、星神香香背男(ほしのかがせお)。多分、金星でカガは輝き、金星ではとのこと。
古代、星神を信仰していた部族があり、それが大和王権になかなか服従しなかったことを、「まつろわぬ神」として表しているんでしょう。日立と水戸の間の大甕という土地には「大甕神社」という比較的大きな神社があります。(天津甕星この人"神"だけど気になります)

上の写真は左が仮殿です。
 もともと20年に一度本殿は建てなおしたり修理してきました。その間本殿の神魂は仮殿に御移りになられるのですが、この仮殿の位置は何度も変更になったようです。
昔は楼門をはいって正面にこの仮殿がおかれたこともあったと書かれていました。
 写ってないけど右側に拝殿と本殿。


拝殿
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他には見られない北向きに建てられています。人が多いので上の方だけ。

本殿内陣は、出雲大社とほとんど同じに神様の位置が横向き
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 ちなみに、出雲大社の内陣。d0009105_1484731.jpg








なので人が居ないから横へ周り、独りお参りしました。警備員さんが怪訝な顔(笑)
本殿横d0009105_14215360.jpg












【宝物館】 
国宝、重要文化財、茨城県指定文化財、その他御神宝の数々を収蔵展示しています。
 圧巻は、国宝「直刀 金銅黒漆平文大刀拵」(じきとう こんどうくろうるしひょうもんたちごしらえ)
通称「韴霊剣」「布都御魂剣」(ふつのみたまのつるぎ)全長約2m71cm・刀身2m23cm奈良時代
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『常陸国風土記』には、慶雲元年(704年)に鹿島の浜の砂鉄で剣を造ったと記されています。(「風土記の考古学」ちょっと読んだ。)

「平国剣」(くにむけのつるぎ、ことむけのつるぎ)とされ、戦いの刀ではなく、一振りで国を平定する神刀ということ。
日本神話「国譲り」において葦原中国(あしはらのなかつくに)を制圧するために、タケミカヅチが力を発揮し、神武東征の際、危機に陥ったイワレビコ(神武天皇)を助けるために、タケミカヅチが進呈し、その霊力によって難局を乗り切ったということが言い伝えられています。
(あまりに長いので、相当下がらないと全身の撮影が出来ないそうです・笑)

その後、剣は神武天皇即位後に宮中に祀られ、のち崇神天皇の御世に石上神宮(奈良県天理市)に遷され祀られたとされたということになっているそうですが、HPを見たところ、石上神宮の剣は全く形が違うようですね。禁足地から発掘されたそうですが、それがフツノミタマノツルギとどうやって確認したのかな…
(アマテラスに命ぜられるまま、出雲で和平交渉、神武を助けるたけ大事な剣の貸し出し、おまけに取り上げられちゃって…良かったのかね、でも本物はあるもーんて? ^^;)


境内
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人がいないとこんな様子ですね。

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素朴で原初の宮の姿を思わせます。


更に奥にある御手洗池d0009105_212953.jpg 鯉がd0009105_2124629.jpg
素晴らしく透明。 昔はこちら側から入り、ここで禊をしてから参拝だったそうな。
子供が入っても大人が入っても水が胸の高さまでという言い伝えが。
















要石d0009105_213299.jpg


               鹿園の鹿
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    さざれ石d0009105_214365.jpg










境内内外にたくさんの摂社・末社・元宮などがあります。  
 摂社のひとつ三笠神社
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祀られているのは「三笠神(みかさのかみ)」となっており、神宮のHPでは「古い記録には「甲宮三笠大明神とも申し奉る。または山の神とも申す。地守の神なり」とあり、三笠山の名前は、奈良の春日へ御分霊奉遷のとき一緒に遷って奈良の「御蓋山」(みかさやま)となったと伝えられています。」 と書かれています。
この鹿島神宮創建の時に、この鹿島の森は三笠山と称されており、そこに鎮座していた神社のようです。いわゆる鎮守の森の神だったのでしょうかね。


撤下 神饌(てっかしんせん)を頂きました。
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撤下神饌とは、お供えした神饌の一部をお下がりとしてみんなにお頒ちするもの。
若布とアオサ入りとろろ昆布、神札等。神様の食べ物の御裾分けですね^^
 奉献の品は嵩張らず軽い物をと、小さなお菓子を持参したので恐縮しました。

三社守りd0009105_2183236.jpgd0009105_2194715.jpgイチイの木で作られた三角柱の三面に各社の神印。三社を巡って授いた神紋を貼るお守り。
 左の赤いのは三社を巡った記念に頂いたお守り。


d0009105_21102355.jpg三角柱、これがわかり易いね。↓













御朱印
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三社の神札
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【おまけ】
うつろ舟d0009105_2113257.png(是非クリックして拡大してね)
江戸時代のUFOか、潜水艦か?








馬琴の記事より抜粋『享和三年(1803年)の春二月二十二日、当時寄合席の小笠原越中守(石高四千)の知行所、常陸の国「はらやどり」という浜で、沖の方に舟のようなものが見えた。
浦人たちが小船で出て浜辺に引き寄せてみたところ、舟の形は香盒のように丸く、長さは三間(約5.45m)あまり、上は格子のガラス窓で樹脂で固めてあり、底は鉄の板を筋のように張り合わせていた。おそらく岩礁から船底を守る工夫だろう。
 皆で上の方から舟の内側を覗いてみたところ、見慣れない風貌の女性がひとり乗っていた。
その眉と髪は赤く、顔はピンク色。髪型は白くて長い辮髪で、背中に垂らしていた。
言葉が通じないので、どこの者か尋ねることもできない。
この蛮女、二尺(約60cm)四方の箱を持っていて、特別愛着のあるものとみえて、片時も離そうとせず、誰にも触らせようとしなかった。
 船中にあるものをつぶさに調べたところ、水二升が入った小瓶、敷物二枚、菓子のようなもの、肉を練ったような食料があった。蛮女は浦人たちが集まって話し合っているのを、微笑みながらのんびり見ているばかりであった。
古老が言うには、「これは蛮国の王の娘が他所へ嫁いだものの、不貞が発覚して相手は処刑、娘はうつろ舟に乗せて流すことで生死を天に任せたのではないか。(中略)昔、やはりこのように蛮女がうつろ舟で流されて近くの浜に漂着したことがあった。(後略)」と。
 これがお上に知られては村の負担も大変だ。海に戻してしまった先例もあるのだからと、また元のように舟に戻して沖へ引いて流してしまったという。
 もし思いやりの気持ちがあれば、こんなひどいことはしなかったであろうが、こればかりはその蛮女の運命が不幸であったというしかない。
また、蛮字がたくさん書かれていたとのとだが、後で考えれば最近浦賀の沖に来たイギリス船にもこのような蛮字があった。ということは、その蛮女はイギリスかベンガル、もしくはアメリカあたりの蛮王の女ではなかろうか。
当時の好事家が書き写して伝えたものは、そのようなものであった。図説ともに大雑把で具体的でないのが惜しい。もしこのことをよく知る者がいるなら、ぜひ詳しく聞かせてほしいものだ』

ほとんど同じような絵と内容の書が数か所に残り、とひとつの村では公式書類として残っているそうです。
流されてあちこち漂着したものか、伝聞で書いたところがあるのか…ひとつには女は死んだというのも。
  海岸を持つ県は面白い逸話が多くて楽しいですよね。



☆☆☆決められた滞在時間、1時間20分ではとても足りませんでした。境内外の摂社や元宮なども見たいので、良い季節になったらまた行きたいと思います。「鹿嶋 神の道」というウォーキングコースもあるそうですので♪


※※ 香取神宮・まとめへ続く









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# by bumidayat | 2017-01-17 22:49 | お出かけ

初詣の前置き

懸賞 2017年 01月 03日 懸賞

秋に東国三社参りをしようと思い立ち、初詣ツアーを探しました。
ですが、開催日とS坊のお休み日が合わず、息栖神社は先に私だけ行くことにし、一社である息栖神社のない元旦発のものに申し込みました。

息栖神社へ行った日記はこれです。http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1957399353&owner_id=3656577

秋から三社についての本を図書館で借りまくり、DVDも買って(これ無駄だった冷や汗)、私なりに勉強。
そしたら知らなかったことばかりで、書きたいことが山のようになってしまいました(汗)
それは自分の興味の対象として、非公開にしてあれこれ書くことにするのが吉。

ここでは旅日記をズルズル書くに留めることにします。

申し込んだのは、クラブツーリズムの(長いタイトルのツアー名)
{食べきりフォアグラ丼付き ! 朝採れ野菜の持ち帰りも ローストビーフなど30種以上のランチビュッフェ 成田山新勝寺・香取神宮・鹿島神宮 三社寺初詣}

集合地は行くのが楽な千葉県松戸駅前市民劇場前。
(ビュッフェじゃなく、本当はブッフェですよね)

 ツアー内容は、松戸=西船橋=鹿島神宮=香取神宮=ANAクラウンプラザホテル成田でランチビュッフェ=空の旅さくら館で飛行機の離発着を眺める大迫力のビューポイントと特産品の買い物=成田山新勝寺=西船橋=松戸
移動距離160km トイレ付きバス

[ツアーについて結果から言うと、添乗員のお兄さん、すごい早口、余計な言葉が多い、マイクに口を近づけ過ぎで声がこもり、何を言ってるのか良く分からずS坊に聞いてもバスに戻る時間が分からなかったりしました。各地で駐車場に入る車列が長かったり駐車場が遠かったりで、時間が押して、さくら館での買い物はスルー、飛行機はバスの中から一機見ただけでした。採れ立て野菜はサツマイモでしたw なんだよ]

バスの到着は10分ほど遅れましたが絶好の天気の中、渋滞もなく、スイスイと。朝日が眩しくカーテン閉めっぱなしでどこを通ったのか分からないうちに鹿島神宮に到着。

☆☆前置きが長くなり、年末から頼まれていた猫シッターがまだ終わらないので落ち着かないので、本編は次に・・・・・・・・・・
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# by bumidayat | 2017-01-03 04:29 | お出かけ | Comments(0)

息栖神社 東国三社巡り ❶

懸賞 2016年 12月 15日 懸賞

東国三社といわれる、千葉の香取神宮と、茨城にある鹿島神宮、息栖神社。
関東人として行っておかねばなるまいと言い訳して、楽に行ける日帰りバスツアーの「東国三社めぐり」に参加しようと思いました。
 ですが、S坊のお休みと合わず、初詣に一社足りないけど「二社+成田山新勝寺」を申し込みました。

12月12日。
なので、私だけ先に三社のひとつ、息栖神社(いきすじんじゃ)に行ってきました。
ここクリック

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東京駅から鹿島神宮行きの高速バス。
鹿島臨海工業地帯があるため、20分間隔。平日は出張のサラリーマンでいっぱいだそうですよ。
鹿島アントラーズのスタジアムがあるため、試合日は特別便も出るそうな。
きょうは、カップル、カメラ機材を担いだ男性など日曜ならではの乗客で窓側が満員。

一時間20分。アヤメで有名な水郷潮来バスターミナルで数人が降りました。
(古いけど、潮来花嫁さんとか潮来の伊太郎などに唄われましたね)
水郷潮来(すいごういたこ)ここクリック
江戸時代は日本橋から小舟を仕立て、千葉から乗合船で川伝いに水郷めぐりと三社詣出が楽しみだったそうです。そんな風流なことしてみたい…

さらに10分の鹿島セントラルホテルで下車。(鹿島神宮へはここからさらに30分)
鹿島セントラルホテル)ここクリック
 バスターミナルがある新しくて明るい新館は一階吹き抜けで、モールには三越やら観光案内所、地元の産物などのお店、エステなどが。真ん中のオープンカフェは気持ちが良さそうでした。
 上の結婚披露宴会場も覗いてみました。人が幸せになる場所を見るのが好き♪(一時的にせよね)
年末年始の宿泊プラン、なんだか格安…日ごろ都内ホテルのバカ高いCMでそんなものだと思っていたので驚きました。泊まりたいな~お部屋から鹿島灘の初日の出が見られます^^


さて、神社に行くべく歩き始めました。2kmということでしたが、寒かったのに晴天で汗だく。
農村地帯で日差しを遮るものがなく、12月に日焼けが怖いなんて・・・
休み休みでかなり時間がかかりました。


【神栖市HPより】息栖神社は日本最古の神社の一つとも謂われ、鹿島神宮の最初の社殿は息栖神社の境内林からの樹木で建築された由緒ある古社です。
また、鹿島神宮と香取神宮を合わせ東国三社の一つに数えられる名社で、その昔には関東以北の住民で“お伊勢参り”をなした人達が感謝の“伊勢お礼参り”(「下三宮詣り」)に訪れた神社の一社でもあります。
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息栖神社は第十五代応神天皇の御代270~312年、沖洲とも沖津とも呼ばれていた地の日川(にっかわ)に創建とされていて、鎮座していた祠を平城天皇の御代、大同2年(806年)藤原内麻呂の命により息栖に遷座。
 社殿は享保8年に建てられ、貞観8年(876年)、宝永3年(1723年)、弘化4年(1848年)に建て替えられ、壮麗な社だったそうですが昭和35年に焼失。残念…コンクリート造りで昭和38年に完成。ああもったいない!

本殿の横に置かれていた四角石は火災焼失前の社殿礎石。創建以来本殿の基礎石として使用されていたそうです。
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古くから文人墨客が訪れる社であり、昭和五年に三笠宮様からは息栖神社と彫られた水晶印を賜ったそうです。
d0009105_22522027.jpg紅水晶ね^^

社務所の前には、御手植えの立派な「宮桜」、春の開花が楽しみです。






霞ヶ浦と北浦から流れ来る常陸利根川畔にどっしりと建つ一之鳥居は御影石製。船溜まりの手前、鳥居の先に忍潮井(オシオイ)があります。 
 その昔(西暦194年 神巧皇后3年)、息栖神社の土地が海(香取の海)に囲まれていた時代、この場所からだけ海水を押しのけ真水が湧出していたので押潮井(おしおい・忍潮井)と呼ばれた不思議な井戸です。
伊勢の「明星井(あけぼののい)」と伏見の「直井(なおい)」と共に“日本三霊水”として珍重されています。
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水上から見て左鳥居が男甕井、 右の小さな鳥居が女甕井。
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息栖神社の古図
 
一之鳥居は海の中にあり船を使っての参拝風景が見て取れます。水中の鳥居は姿がいいですよね^^

社殿まで約300m、参道の両側には商家や宿屋などで賑わっていた様子が判ります。
鳥居の前左右に男甕井と女甕井も描かれています。

香取神宮、鹿島神宮、息栖神社の三社の神は海からやってきたという言い伝えがあり、三社とも海に面して鳥居があります。
海とのかかわりと言っても、現在ではいずれも内陸に位置する神社なので、利根川沿いだったりして、わかりにくかと思いますが、古代の海岸線をみると判りますね。

??応神天皇の御代、海の沖洲に建てられていた神社が現在の地に移った大同2年、この男女二甕井が取り残されてしまいました。
甕たちは三日三夜嘆き悲しんだ後に神社を追いかけて海を渡り、鳥居の下にピタリと据わったとの言伝えがあります。
元の地、日川には、甕たちの泣き声そのままに「ボウボウ川」と甕の別称・瓶との別れを惜しんで「瓶立ち川」の地名が残っているそうです。



息栖神社一之鳥居近くの常陸利根川畔から遠望するとくっきりと霊峰・筑波山が・・・
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うちから見える形と少し違います^^


水辺の第一之鳥居から真直ぐに約300mで息栖神社第二之鳥居。(3.11地震を耐えました)
「東国三社息栖神社」の石柱を拝見して二之鳥居をくぐります。
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神社自体はこじんまりしていますが、広大な巨木の森に囲まれ、歴史を感じます。

主祭神・岐神(くなどのかみ)、副祭神に天鳥船神(あめのとりふねのかみ)と住吉三神を祀り、「天鳥船神」は国譲りの神話の際に鹿島神宮の武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)を先導した神様です。(諸説あり)

厄除招福・海上安全を祈願する神社。


息栖神社二之鳥居を入ると左側に稲荷神社。参道に並んだ狐様が出迎えてくれます。
二之鳥居から神門に至る参道脇には沢山の大石灯篭、両側は鬱蒼とした木々が生茂る広大な境内杜。

手水舎で清めて朱塗りの御神門に向かいます。そして、手水舎の龍口から出る水は、忍潮井から引いているとのことです。ありがたやありがたやd0009105_233552.jpg















御神門から拝殿への途中に近郷の若衆が力比べを競った“力石”が置かれていました。
50貫余と云いますから188kgほどの重さでしょうか?d0009105_2343784.jpg 













その脇に貞享4年(1687年)に参拝に訪れた時に詠んだ松尾芭蕉の古句碑「この里は 気吹戸主の 風寒し」が建てられています。d0009105_235204.jpg
気吹戸主(いぶきとぬし)は息栖神社の祭神(清浄・蘇生・発展の神)、
「この神域に入ると気吹戸主の霊で心身ともに清くなり、風が吹き抜ける様な清清しさに浸れる」と言う意味だそうです。






境内には沢山の歌碑や句碑が見られます。平安鎌倉時代に詠まれた句に、
この地は「鹿島潟沖洲の森」「沖洲の津」などと記され、いつしかナマって息栖となったそうです。

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×印が現在の息栖神社の位置
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最近のスピリチュアリストとやらが直角三角形だの、富士山からの夏至だの冬至方向だの、筑波山から何やらと喧しい。

大昔の地図から
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海の部分がまだかなり多い。元の位置だと正三角形ですよねw

さらに大昔の地図から
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(赤ポチが息栖神社) 沖の洲にあったのが良く分かります。



奉献のお菓子を渡し、御朱印を集めてはいないけれど、、この三社のは頂きたいとお願いしたら、権禰宜さんはわざわざ墨をすって書いてくれました。色紙は珍しいですねと言いながら^^

参拝客が極少ないので神社の御由緒などお話ししてくれました。
高速バスから歩いて来たと言ったら驚かれ、タクシーを呼んでくださいました[m:206]

お守りをいくつかとお札を一枚授けて頂き、神社を後にしました。
そのひとつ、三社守り
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イチイの木の三角柱の各面に三社それぞれの神印。神紋を貼りつけるというもの。
あと二社…
 

タクシー5分wwであっと言う間♪
神社のみが目的でしたのでまだ早い時間だなと、ホテル附随の温泉に入ることにしました。
「美人の湯『ゆの華』」ここクリック
(実は密かに着替えを持参していたの)

温まりさっぱりして高速バスでぐっすり^^


☆デジカメ不調のため、画像はお借りしたものです☆

☆☆☆ちょっと不便なところにありますが、なぜか魅力のある社でした。いい季節にまたゆっくり行きたいと思います。

※※※ 鹿島神宮・香取神宮・まとめへ続く









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# by bumidayat | 2016-12-15 23:40 | お出かけ

P.M. なんのことやらw

懸賞 2016年 11月 22日 懸賞

 11/19

金町のあちこちでクリスマスイベントと共に、理科大の壁面でプロジェクションマッピングが見られると言うので、☆ほんの一部だけどここ☆ 仕事帰りのS坊と待ち合わせて行こうかなと、
今朝出がけにS坊に言ったけど無言だった。

風邪が次の段階で鼻と咳に移ったしまあいいやと、夕方コタツでうとうとしていたら、「今、綾瀬」と電話。慌てて着替えてカメで待ち合わせ。(乗り換えの池袋で電話せんかい!)

理科大が越してきた年に見物したときの mixiの日記
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1916431138&owner_id=3656577

以前国立博物館の壁面のをちらりと見たので、ちょっと期待。
理科大の学生が角々に立ち、案内をしていた。みんなニコニコと感じが良い♡ 
途中のヨーカドーの無料コインロッカーにカバンを預けて手ぶら♪ 

③の管理棟の壁面に映したの。第一回目は式典とかブラスバンドとかライブなんかもあったらしい。
ここ

まず理科大の学生作のを上映。まあこんなものだよねw 明るくなりミニステージで学生二人の葛飾区の名所をパロった歌、というより叫びw あとで声が枯れただろう。
さっそくyoutibeにupした人がいる。
これ
第一回目の上映のせいか長い。ゲーム画面みたい。

期待のプロ作のは…わざわざベルギーの第一人者に頼んだそうだけど大したことなかった。短かったし。一回目の上映ではやはり長かったのかしらん? 私が途中から見たの?


久しぶりの金町なので何か食べて帰ろうかと思ったけど、S坊のカバンが重いし、ヨーカドーと東急ストアで買い物して帰った。

寒いというのでポンころに着ぶくれして行ったら、汗かいてしまった。

★なぜ一部の文字だけ白いんでしょう??
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# by bumidayat | 2016-11-22 04:55 | お出かけ

BEYOND ☆ 長寿と繁栄を

懸賞 2016年 11月 08日 懸賞

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上映時間まで間があるのでロビーの椅子でコーヒー飲んでいた。

向かいには仲良さそうな老夫婦。

あと10分というところで、少し足の悪そうなおじいさんをかばいながら入り口へ。

どの映画見るんだろうなと思いつつ追い越して、足が楽ないつもの最後部中央の席に着いたら、
なーんと、そのご夫婦が !  へー、びっくり。でも私が子供のころにTVシリーズを見ていたんだから、両親も見ていたわけで、まあそこまでお年ではないだろうけど高齢のファンもいるだろうと納得。私もか…

その後、若い人たちに混じって入ってきた人たちを見て、ますます納得。総白髪で見事な白髪の紳士、スーツ姿の多分50代後半…

スタトレ、ファン層が厚い♪

私はあと何回このシリーズを見られるのかと、ちょっと複雑w 長く生きてあと10年、ボケていなかったら何とか来られるか。数年ごとに制作されるから、せいぜい2回、か3回かな…


さて、スタートレック・ビヨンド

今作は、早く言えば、ド直球で分かりやすいストーリー。SFなのに撃ち合い、殴り合い、ラジオ音楽のようなもので敵の情報網を攪乱したりバイク使用等、ローテクでハイテクを倒すシーンは面白かった。
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ところが今度の「BEYOND」では、エンタープライズ号は最初と最後しか出てこない。映画の前半でエンタープライズ号は大破し、助かったクルーたちは、未知の惑星でバラバラになってしまう。しょっぱなに破壊されるのは痛々しくて…

接点のあまりないコンビ、仲悪しコンビでガンバル。
おまけに、船長は今回限りで地上職に移りたい、バルカン人の子孫を残したいと恋人のウフーラと別れたスポックはさらにスポック大使の死を知るなど、それぞれが悩みを抱えながら。

でも相変わらずの「集団としての団結」「平和の希求」というテーマは同じ。
「スター・トレック」の世界観は、メカ類でなく、キャラクターたちで、その独自のSF的世界観が多くのファンを掴んでいるのだと思う。

それは敵の否定的な態度によって強調される。敵は、集団としての団結性は弱点しかもたらさず戦争こそが理想的な社会秩序であるということを主張することで挑戦してくる。

まずは漂流している女性異星人の救助要請に騙され、クルーが人質に取られたり艦に侵入されたり、序盤で襲われてぶっ壊されるエンタープライズ号だけど、その時に敵が使用する群れで襲ってくるウンカのような群体の飛行物体が恐ろしかった。こんな相手倒せるのか? と思いました。この飛行物体はエンタープライズ号のバリアでも防ぐことが出来ない。しかし、ストーリー後半で弱点が見つかる。
 なんと、単純な通信妨害で一網打尽出来ることが発覚した。ちょっと都合良すぎな感じがして、突っ込みたいところだけど、映像の迫力が素晴らしかったので、目をつぶることにする。(笑)

前作でも出てきたヨークシティーが今回は全体像が描かれ、理想的な姿を見せてくれる。
電話ボックスみたいな街角の公衆転送装置、いいなぁ
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それ以外にも、カークの下すある決断とか、スポックが受けた衝撃とか、キャラクターひとりひとりに見せ場がある。
スポックとドクターマッコイ、二人のジョークによるコミュニケーションが多く見られ、面白かった。まぁ、お決まりのやり取りではありますが。
ドクターは、「俺は医療主任だ!」と叫びながら活躍を見せていて、それが余計に笑いを誘う。

新メンバーに決まったジェイラが可愛くてカッコいい。スコッティ―にお嬢さんと呼ばれていたw
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スターウォーズの登場人物みたいなミテクレだけどね。


明らかに、アントン君、追悼のため差し込まれたであろう、「チェコフの酒」ブランデーだと思うが、カークとドクターがうまそうに飲みかわすシーン。
それにプライムスポックの死の知らせを受け、届いた遺品の箱から出てくる昔のTOSメンバーの写真。赤いユニフォームに涙。



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終わって字幕までの暗転で、二人へのシンプルな追悼文が表示され、さらに涙ぐんでしまった。
for Anton が悲しい。


でも演じている俳優たちが死んでしまっても、キャラクターたちは生きつづける。
すでに次回も制作決定だそうです。



いつもの最後の「宇宙、それは最後のフロンティア」の朗読もいいなー。

    ------------- Live Long And Prosper -------------
             長寿と繁栄を

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他にエリザベス女王とかウイリアムなんかもあった。

☆ ヨルダンの国王が14億かけてスタートレックランドを作るという話はどうなったんだろ
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☆☆ 塩コショウ入れ カッコイー、欲しい
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# by bumidayat | 2016-11-08 23:22 | 好きなもの