縄文系についてあれこれ思ふ

懸賞 2017年 07月 24日 懸賞

佐伯というのは、蝦夷人、縄文人を表すんだって。
佐伯姓はその子孫。ヤマトに征服されてから全国で働かせるために移動させられた。
(防人もそうだよね)

砂鉄取りのためなどに阿波の国にも行かされていたのが分かっている。
中には才覚があって有能だと出世もした。その一族の一人が「佐伯の真魚」=空海

空海が生まれたのは西暦774年、縄文時代の終りが紀元前400年頃。1,000年ちょっとだから、今ほど人の行き来は少なく、背が高い体格の立派な偉丈夫であったと記録にあるから縄文人の血がまだ濃い時代だったんだろうね。


 それで連想して、日蓮もそんな体格であったそうだから、どうなの?と調べたら、
父親は静岡から流れ着き、苗字は「貫名」で、「三国太夫」と名乗ったそうな。

静岡・貫名で辿って行ったら、井伊大老でお馴染み、大河ドラマの女大名・井伊直虎の井伊家の三男から貫名(ぬきな)を名乗ってる。先祖だか血筋のどこかからの縁での名乗りなのかね。
 そして、井伊家の先祖は三国という苗字。で、さらに辿ると継体天皇ww

結局、日蓮が縄文系かしらんという疑問の答えは出なかったけど、
日蓮は1,222年とされているから、やはりそうなのかもと期待する。井伊谷は山奥?(そこにも縄文遺跡があるそうな)


ヤマトは水田を作るのが容易なところから征服していったはずだから、農地に向かない山奥や島嶼部、山間に囲まれた海岸線に対する興味が少なかったと思われる。

 現に熊野などは、江戸時代半ばまで主食は木の実をすりつぶしたものだったそうな。
奈良平安時代には、異質なものは畏怖の対象であったのだろう、詣でるのが困難なほど、計り知れない神秘性があるとして、ヤマト系である朝廷から尊ばれたのかもしれない。

追記 : 画家の篠崎さんがブログに書いていました。
彼のご両親は昔「米はとれないけど魚と山の幸はたっぷりある」との友人の話から日南の大堂津へ移住したそうで、土地の人は縄文系でくっきりした顔立ちであると。
やはり山に囲まれた平地の少ない海岸線添いの土地までヤマトは興味が薄かったり、手を伸ばしにくいというのもあったんだろう。


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by bumidayat | 2017-07-24 05:20 | 好きなもの

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