カテゴリ:お出かけ( 49 )

懸賞 懸賞

雨引観音へ行きたい

懸賞 2017年 06月 10日 懸賞

カテゴリ、「お出かけ」にするのは如何なものかと思ったけど。

アジサイとクジャク見に雨引観音へ行ってみたいな。4Kの動画が美しい。これよ
推古天皇の病気平癒を祈り平癒したので勅願寺とされ、聖武天皇と光明皇后は経を奉納して安産祈念が叶ったとか。
 それはともかく、いい雰囲気でいい環境♪


鎌倉へ行くより交通費はちょい高だけど、時間的には少し短いような気がする。
鎌倉の明月院はラッシュ並みの混雑で、人の頭で前が見えず石段を足で探りながら登ったっけ。

鎌倉山の檑亭は、ここよ 庭園のアジサイや竹林の散策は楽しいけど、大しておいしくないお蕎麦食べてしまうからなw

やはり雨引観音かも。桜川古墳も近いし←こっちが目的だったりして ・笑
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by bumidayat | 2017-06-10 08:52 | お出かけ | Comments(1)

5月30日 東国三社ふたたび&見てね ! ★香取神宮の可哀相な神鹿

懸賞 2017年 06月 04日 懸賞

S坊の休みが合い、というか合わせてまた一緒に行ってもらいました。
       うなぎ食べようと、うなぎで釣った(*´▽`*)

30日とはいえまだ五月なのに、まぁ~暑いこと(; ゚ ρ ゚ )
熱いっ と書きたいくらい湿度も高かった(-_-;)

脊柱管の具合が朝から悪かったので一緒に行ってもらって良かった・・・
  階段や坂は手を引いてもらい、バ~サンは嫌だ~涙


鹿島神宮と香取神宮と息栖神社
      
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前回の元旦の初詣でと違い、平日だから鹿島神宮・香取神宮とも人が少なく、
まあ、さすがの神宮ですからそれなりに観光バスや車で来た人は多いですけどね。
でも参道に並ぶ店は半分も開いておらず、ちょっぴり寂しかったです。



鹿島神宮ここクリック
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うっそうと茂る大木の下を歩くのは快適で
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小さな摂社、末社にお参りしながら奥宮まで。
             
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奥宮からうねうね曲がる急坂をかなり下り←帰りを考えて後悔しながら 御手洗池へ
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大きな藤棚や茶店もありました。
湧き水すすって涼み、
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よく手入れされている庭園の向こうの鳥居跡を見たりして休憩。
大古はこの御手洗池で禊ぎをして本殿に向かったそうですが、
あの急坂も有難い神宮に向かう試練のようなものだったんでしょうか・・・
 案の定、へーこら(◎_◎;)して登りました。S坊が居なかったら戻ってこれなかったw



参集殿で
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冷水を頂き涼んでいると、
 6月4日に、稀勢の里が奉納土俵入りをするからでしょうか
                、
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モニターで白鳳の奉納土俵入りの模様のVTRが流されていました。
下っ端力士も大挙して来ているんだなと思っていたら、綱を締めるためでした。
土俵入りの姿で来るはずもなく、浅はかなワタシw

ドーンドーンとお腹に響く太鼓の音がするので、併設された祈祷殿の格子の隙間から覗いたら、
                   
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うなだれた一人のために神主さんが祝詞を上げていました。
余程のお願いがあったのでしょうね…
 祈祷殿の控室には「直刀 金銅黒漆塗平文拵附刀唐櫃」の複製が飾られていました。

その直刀の実物が展示されている「宝物館」も見学しました。
       
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実物は千三百年以上も前のものなのに、美しい・・・束も美しい・・・ずっと宝物庫の奥深く保管されていたからでしょうか。ケースの隅に温度と湿度計が。
手前に複製の剣本体が吊り下げられ、重さを実感して下さいとあるので持ったけど、重いのなんのw

一振りで世界が平和になるというありがたい刀。
     タケミカヅチの神様、ぜひ今の世のために振り下ろして頂きたいものです



香取神宮へ
ここクリック
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拝殿で参拝し、後ろの本殿を横から眺めていたとき、S坊が「こんなに黒かったっけ」と。
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初詣の時は人だらけで、おちおち見られなかったんでしょう、連れてきて良かったねw
リニューアル間もないので黒々した建物に彫刻の装飾も色鮮やかで真に美しいです。

大祓で茅の輪をくぐりました(^^♪

旧参道から要石や奥宮(伊勢神宮遷宮の際の古材で作られたそうな)へ曲がるのを帰りにしようねと、又見神社へ。
地図でさんざん確認したのに道に迷ったあげく民家のおじさんに聞いて到着。
又見神社は古墳の上にあるので、当然山の上。またぜーぜーw おまけに墳丘の階段の急なこと !
まったく手入れされていないらしく、階段も本殿も脇殿も危うい感じ。削られて露出した脇の石棺の開口部も本殿の柵にもたれかかっていました。
いつまでもつんだろう・・・
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本殿の地下にも石棺が埋まっているそうだけど、大事にしてほしいな~。石は筑波から運んできたらしいから、かなりの有力者の墓だったに違いないのに。

...........................................................................................................................
★実は香取神宮に行く目的は、もう一つあったんです。
        鹿苑・・・

5年前まで鹿たちは劣悪な状況下にあったそうです。
 現在は愛護会によってボランティアの手で運営されているんですって。
・・・・・・神鹿なのに・・・・・・

遠いところの人でも役に立てることはあるそうなので、私も会員になろうかなと思い、まずは現地の様子を見ようと、とりあえず東京から水菜を抱えて来ました。

あいにく、もうすぐ赤ちゃんが生まれる鹿がいるので立ち入り禁止になっていましたので、
ボランティアの女性に水菜を渡してきました。5mほど手前からフェンス越しに、きれいな鹿がこちらを見ていました。
   お腹に影響なかったらいいけど…

香取神宮は、奈良の春日大社へ向かう神鹿が立ち寄った際の子孫がいるので、数々の石橙には必ず鹿が彫られています。それなのに武道と神道をメインにして鹿園は廃止したいのでしょうか。
摂社である又見神社のあの惨状といい、ひどいよね・・・・・
    

【鹿のボランティア大募集! いつでも募集しているそうです!】
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香取の鹿愛護会HPクリックより

5年ほど前までは辛い環境に置かれていました。

10頭近くいるにもかかわらず、与えられるエサはチリトリ1杯の押し麦。

角は生えっぱなしで、オスがケンカをすると体に刺さったりしたそうです。

このままではいけないとKagiさんという方が2013年に香取の鹿愛護会を結成。

鹿園の地面を整えたり、新しい鹿の家を作ったりと少しずつ環境を整えていったそうです。

活動は、
香取神宮の鹿が健康に生きていけるよう飼養サポート
【香取の鹿愛護会の活動内容】
・餌やり(近隣農家や企業から野菜などを受け取り、鹿に与える)

鹿の食べ物や与えてはいけない物についてはHPをご覧下さい…

・怪我や病気の鹿の観察と保健所への連絡(救護)
・怪我防止のための除角・繁殖制限のための避妊去勢手術の手伝い
・ 鹿たちが暮らす環境の整備をサポート

この他にもできることとして

◆地元の方に香取神宮には鹿がいて、どんな状態で暮らしているか知らせるためにfacebook twitter ブログなどで情報を拡散してください
◆一日でも良いので、鹿たちの見守りをして頂ける方をご紹介ください。
◆鹿たちの食べ物を提供してくださる企業や農家さんをご紹介ください。
◆企業や農家さんから頂いた食べ物を運搬できる方をご紹介ください。
◆香取の鹿愛護会のサポーターになって下さい♪

★完全にボランティアでの運営なので、人の力が必要です。

◆稲刈り前に「刈り取った後のイネを捨てずに頂けないでしょうか?」と依頼し、頂ける先を探してください。
◆秋になれば木の実もとれますので、学校などへ子供達の活動の一つとして協力頂けないか確認して頂けないでしょうか。
子供達の純粋な思いがスタッフの方にも届けられると良いなと思います。
★秋のどんぐり拾い、子どもと一緒に楽しんだあと鹿のエサにしてもらうのも楽しいと思います。

私も子供はいないけれど、秋になったらドングリ集めて送りましょう。


香取神宮へお越しの際は、ぜひ鹿も見てあげてください!
本殿と宝物殿の間を抜けると近道です。
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息栖神社クリック
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こちらも大祓の茅の輪をくぐりました。二度もくぐって悪い物祓えたに違いない♪
フォト、
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拝殿には山と積まれたお供えのお神酒(^v^)
社務所ではお供えの受付と御朱印書きで忙しいのか神主さんが二人になっていました^^

ご神体のひとつでもある女甕と男甕をまた見学し、d0009105_1615655.jpg
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傍の海産物会社に「しじみ」の幟があったので買えるかなと思いましたが、事務所がかなり中の方なのであきらめました(←利根川・北浦のシジミはブランド化されるほど有名なんですって)
持ち帰るのも暑い中だしねー??


今回の三社への奉献の品は、中身は前回と同じような物なのに箱がちょっと大きかったせいか
撤下神饌にはお神酒も。そして神札も豪華だった(*´▽`*)
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香取神宮のあの鹿のことを知り、香取神宮だけちょっと奉納したくなくなってしまったのだけどね^^;
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by bumidayat | 2017-06-04 18:36 | お出かけ | Comments(0)

御岩神社ふたたび

懸賞 2017年 04月 25日 懸賞

                  
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前回雨で、かびれ神宮まで登れなかったので、4月21日再訪。
賀毗禮神宮
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ここに行きたいの。



前日、特急券を買うため駅に行きましたが、みどりの窓口が廃止されて幕がかかっていました。
後ろに並んでいる人がいると落ち着かないので券売機はキライなの。
たまたま居なかったから使いましたけどね。


日立への途中、勝田駅から ひたちなか海浜鉄道で10分、まず那珂湊駅まで。
S坊が「ディーゼルだ! ♪」と喜んでいました。
以前TXの守谷駅で関東鉄道を見たときも同じ反応でしたが、私には何が嬉しいのか^^;

終点は景勝地の阿字ヶ浦駅。ここも行ってみたいなぁ。
茨城は海岸線が長く、五浦、磯崎、大洗などなど沢山の景勝地があります。
茨城県観光大使のバカ鈴木奈々、しっかり勉強しろと言いたいです。
牛久大仏しか知らないってどうなの。おみくじひいて中吉が読めない、亭主の苗字も満足に書けないようだし(呆)

徒歩10分、おさかな市場でちょっと早い昼食。
一階が魚介類を売り場で2階がレストランやお寿司屋さんになっている店がたくさん並んでいますが、
いつもの(と言っても過去2回しか行ってない)ヤマサ水産2階にしました。S坊は初めて♪
ここよ

私は海鮮丼
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相変わらずネタが大きくて食べにくいけどオイシイw

S坊は大好きなウニといくらのMIX丼
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想像していた倍以上のウニにびっくり。
いくらは本当の香りがちゃんと有り、ウニも新鮮でいつも食べているのと全く違うと喜んでいました。
ちなみにワタクシ、ウニは苦手でございます^^;

海鮮丼の画像の右上は追加で頼んだアラ煮。これまたとてもおいしい♪
でも食べきれなかったのでほとんどお持ち帰りに(^_^;)
アラ煮定食というのメニューもあり、これも有りかもね♫


満腹でまた海浜鉄道で勝田駅まで。
降りようとしたらホームに沢山の人がカメラやスマホを構えて撮影していました。
添乗員らしき人も居ましたので、気動車オタクのツアーなんでしょうね。
駅のパンフレットに三鉄ものがたりというのもありました。これ
今時は同好の士を募るのがネットのおかげて楽になりましたよね。



さて日立駅。前回感動したガラス張りの駅舎をS坊に見せ、バス停から日立の城下町を実感させ(私が作ったわけでもないのに偉そうに^^;)
日立シビックセンター
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駅前から続く桜並木の花吹雪ひらひら。一分咲き状態になってました
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先週の桜祭りのときに来るはずだったのに残念。


30分ほどで御岩神社こちら
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前回は御岩神社までで雨が激しくなり断念した御岩山をかなり登らねばならないかびれ神宮の参拝が目的です。
独りでは心もとないのもあり、S坊を連れてきたんです。

実はまだ原因不明の息切れが治らず、10mもあるくと息が切れ始めてしまうものですから。
脊柱管のこともあり、遠出は単独行動ばかりはしていられなくて残念。

境内図
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鳥居
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祓戸神社
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脇に杖が用意してあり借りられます、借りました、助かりました^^
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三本杉の根元。全身はとても一度では撮影できません32m
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御神橋・御岩神社・石楠花
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楼門
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斎神社
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珍しい大日如来像、阿弥陀如来像がお祀りされており、神仏習合の面影が残っています。

水芭蕉
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多分表参道を、かびれ神宮目指して登りましたが、かなりの山道で何度か沢に渡った丸木橋ですべりそうになりながら、
杖に頼って頑張りました。ハーハーぜーぜー・・・
先を行くS坊に追いつけなくなり、あと少しのような気もしましたが、これ以上はもう無理と断念。
S坊はまだ行きたそうでしたが、休んでいる時間のほうが多くなり止めた方がいいと判断しました。

あとで調べたら、裏参道の方が多少はゆるやかだそうです。そっちにすれば良かった。
次回は体調も戻してまた来ることにし、下りは半分の時間もかからず降りてきました。



社務所に御奉献の品を渡し、 御朱印を授けて頂きました。
ここのはお札の紙に書いて頂けます
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かびれ神宮まで、またたどり着けずに戻ってしまったので、バス待ちの40分の間に神社近くの有名なお豆腐屋さんへ。このお店
ですが、買いたかった豆腐ドーナツは売り切れ。ショーケースには厚揚げと豆腐が3種、それもいくつかしかありませんでした。
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御岩山から湧き出た水で作っていて美味しいというので、観光バスも来るそうなんです。小さなお店なんですが、そのせいか駐車場の広いことw
駐車場の一角にその湧き水が出ていて水を汲むことが出来るそうです。車だったらな~。次回はせいぜい飲みながら帰る分だけ汲みましょう。


で、道々S坊が珍しく反応して、あれこれ言うので土筆を摘みました。
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爪が黒くなるし下処理が面倒だと聞いていましたので私だけでしたら絶対に摘まない(^.^;)
S坊は、どこへ連れていっても無反応なんです。帰ると「面白かったね」とか「楽しかった」なんてつぶやくんですけど。
だからその場で反応されると珍しいこともあるもんだと、つい…


帰宅後、天ぷらにして食べさせたところ、「人参かと思った」ですって。クエナイ奴でございます(冷や汗)
子供のころ群馬県にいたので記憶があるのかと思えば、どうやって料理してあったのか覚えてないとの事。
(実はワタクシ、摘んだのも爪黒くして作業するのも食べたのも初めてなんです^^;)

バス停後ろの神社の駐車場のひとつに観光バスが停まっていました。
ツアー名『ネモフィラの丘と、御岩神社、メロン大玉1個お土産付き、三食つき』でございました。
私たちが神社を出るときにすれ違った団体さんがこれだったんですね。
土筆を摘んでバス停に戻りかけたときにバスが行きました。参拝早い !
TVでよく中継している国営ひたち海浜公園のネモフィラはこれ
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ツアー見つけちゃった、これだわw バス足立ナンバーだったけどね
ここクリック。時期ものだからしばらくの間見られます
大洗の、かねふく・めんたいパークにも行ったのね、私も行きました工場見学♪


日立駅に戻る道々、あちこちに満開の白い山桜がたくさん♪ 
ただならぬ妖気さえ感じる染井吉野、年増の魅力を感じる八重桜、とはまた違い、清々しい雰囲気ですよね。
その昔、西行が根元で死にたいと思ったのは山桜だったのでしょう。阿弥陀様に迎えに来て頂くのは山桜の下が似合いそう(^^)


日立のヨーカドーでぐるぐる遊び、茨城産のものをいくつか買ってきました。
観光センター直営とかはそれなりのお値段だし、有名どころの物しかないですからスーパーが一番♪
ネギと根三つ葉
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嘉永5年からの老舗菓子処・亀印本舗このお店のお菓子色々
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黒っぽくなるほどヨモギの入ったヨモギ餅♪ ヨモギ豆大福ともども美味しかったです。
上品な梅蜜煮が丸ごと入った求肥餅は求肥が甘い!

納豆たちw
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やはり藁苞のは出すのが面倒でしたww でもおいしい♪

お土産に、しらす焼きせんべい
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軽くてなかなかおいしい。検索してみたら、なんと伊豆や八景島シーパラダイス(神奈川)のお土産としてもらった方のブログがあちこちにww
箱中央に、大洗という丸いシールがありましたので、各海沿いの観光地ではその土地のシールを貼って売っているんでしょうw
この茨城の会社は全国の菓子を作っているそうです(^m^)


ここまでは予定通りに進み、あとは寄り道して勝田まで戻り、駅から3分のベビーフェイスプラネットでまた夕飯をと楽しみに、ベビーフェイスプラネッツ へ♪

ところが何と、何と !!!! 扉に無期休業のお知らせの張り紙がっ!!
ありし日のお店
少し開いた扉からは灯りが漏れています。休業決定間もないのでしょうか。
がっくり…昨年の春だかに開店したばかりなのに…
駅から近いというものの、メガドンキの中だし、外から直接入れるとはいうものの、やはりドンキに来るようなお客さんしか来なかったのでしょうか。
あー残念。そうと知っていたら日立でおいしいもの食べて、直行で帰れたのに(涙)

これでベビーフェイスプラネットは関東では宇都宮しかなくなってしまった。
奈良県が本部ということで関西方面には沢山あるんですよね、あ~羨ましいこと・・・



今回もまた、かびれ神宮に参拝叶わず残念な思いをしましたので、
体を治して良い季節にまた再チャレンジしたいです。

調べたら頑強そうな若いお兄さんが疲れたと書いており、表参道(というより表山道)のほうが厳しいと。
私達は表参道を行ってしまったのです。裏のほうにしていれば参拝実現していたかも。
別の方は神宮まで山道2kmでパンフには40分とあったけど1時間かかったとも^^;
神社では、午後3時以降の参拝はお断りにしているそうですし、やはりそれなりに準備していかねば…


今朝(4月24日)に、ご挨拶のハガキが。わざわざ恐縮してしまいました。
電車バスと乗り継いで行くので小さな品でしたのに…
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茨城県は
海・山・河・湖。山海の幸と景勝地や歴史に恵まれているのに、宣伝がヘタなのでとても損をしていると思います。
おいしいものは梅干し・納豆・あんこう鍋と牛久大仏だけじゃないんです。ウナギ、シジミ、常陸牛、ローズポーク…ああ書ききれない…なんて茨城県の回し者ではないんですけどねあせあせ
鹿島神宮のタケミカヅチ神に魅入られてしまったのかも←嬉しい(笑)
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by bumidayat | 2017-04-25 22:42 | お出かけ | Comments(0)

元旦 東国三社巡り 成田山新勝寺とまとめ ❹ 終

懸賞 2017年 01月 24日 懸賞

バスの集合時間に誰も遅れることなく、乗客に関しては無問題で、二社の参拝は済みました。

ANAクラウンプラザホテル成田でランチバイキング
ここクリック
 全面ガラスの明るいレストランでした。料理はおいしく、デザートはミニサイズで色々なものが楽しめました。飲み物はまあ普通(笑)
ツアーのセミタイトルに「お一人様一つ付き」と謳っていた「ミニ・フォアグラ丼」が、刺身の醤油入れのような、ぐい飲みサイズで笑ってしまった。夫婦して肥大したレバーはあまり好きではないのですが、無理やりS坊に二つ食べてもらいました。
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成田山新勝寺へ。境内図
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これがまあ前回1月に来たとき同様に、駐車場に入るのに渋滞しちゃって…
やっとのことで降りましたが、元旦のせいか、入山するのに行列していました。それも表裏参道ともずーーーーーーーっと。          
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ここは表、裏ともに参道が細いうえ、一旦谷底に降りるような処なんですよね。
そして山門には長い階段…
 参道の両側にはびっしりお土産屋さんや飲食店が並んでいるんです。
前々回は真夏で個人で来ましたので、ぶらぶらと参道を降りながらお土産屋さんをひやかしたり、名物のうなぎを堪能したのですが、参道はどちらも歩くことが出来ない…最後尾にも到達しない(笑)
空いていたらこんな感じd0009105_7431554.jpg d0009105_7435971.jpg








並んだとしても、お参り出来るのは、4時間くらいかかるのでは? 前回初詣したから勘弁してもらおうと(毎年するのが初詣ですけどね^^;)
ホテルランチしたばかりだから、うなぎ買いましょう・・・行列に逆らい迷惑がられながら、坂を登りましたが、鰻屋さん探すどころではない、見えない・・・ではお茶でも…人を掻き分けて何店か見ましたが、いずこも満員。

もう足が痛くて、坂を降りてバスで時間をつぶそうと・・・
           ・・・・・・バス、カギかかってました (;゚Д゚)
そこで向いの信徒会館へ行き、お茶のお接待を受け、ほっと一息^o^
ありがとうございました!!
        信徒会館d0009105_7461686.jpg











    毎年TVでやるけど、
豆撒きの日もまたこんなに混むんだろね。海老蔵はじめ芸能人たくさんだし。


バス出発。添乗員のお兄さん、「時間が押しているので、これから行く、さくらの山公園は車内からの見学とします」えーーーっ!!
飛行機のお腹見るのを楽しみにしていたのに、空の駅で買い物も楽しみにしていたのに…

こんなのを見るはずだったのに。yotubeクリック


             
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さくらの山公園http://guide.travel.co.jp/article/8578/

          空の駅さくら館ここクリック


公園の駐車場に5分ほど停車して、たった一機をぼんやり眺め、バス出発。
帰り道も順調で、「時間が押して」いるはずだったのに、予定より40分も早く着きました。なんなの…

☆☆☆若い添乗員のお兄さん、すんごい早口で、マイクに口を近づけ過ぎで、何を言っているのか皆目分からず、S坊に聞いても「多分○○だろ」とか、集合時間は何と言ったの「わかんない…」てな感じ。まあ降車口で集合時間を書いた紙を掲げていたからOKでしたけどね。
バス降りるときにコート着たりで手間取っていたら、門前まで行かれてしまい、置いてきぼりで慌てて追いかけました。(途中でS坊待っててくれましたが)人数確認して行かないのね(;;)

観光地でバスの客が一人消える・・・
     ・・・・TVの安っぽいご当地ミステリードラマみたいじゃん(@@;)

走行距離はそんなに長くなかったけれど、ドライバーさんが二人で安心でした。その点は会社は気を使っているのね。


                    ☆最後に東国三社☆彡
鹿島神宮】                           【香取神宮
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息栖神社
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 やはり三社をもっと時間をかけて見たいので、新緑の季節にでもまた行きたいと思います。
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by bumidayat | 2017-01-24 01:30 | お出かけ

元旦 香取神宮 東国三社巡り ❸

懸賞 2017年 01月 21日 懸賞

12月15日【息栖神社】ここクリック
1月12日【鹿島神宮】】ここクリック

                                               の続きです。

三社の位置 d0009105_2115963.jpg










【香取神宮】ここクリック
  
鹿島神宮より、昔の『国家神道』を意識しているような気がしました。

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香取神宮は、全国に400社の香取神社の総本社。
  御創祀は神武天皇18年(紀元前643年)と伝えられ、
主神は、経津主大神(フツヌシノカミ) 現在の御社殿は元禄13年の御造営。
毎年4月14日の例大祭には、宮中より御遣いが参向される勅祭の神社。
平安時代において「神宮」の称号で呼ばれていたのは、延喜式によれば伊勢神宮・鹿島神宮・香取神宮の三社だけであり、香取・鹿島の両神宮は北方の蝦夷を征伐するために造られた大和朝廷の前線基地であったと言われている。

『延喜式』によれば、神宮の鎮座する下総国香取郡は神郡、すなわち郡全体が神宮の神領に指定されていた。
元禄時代までは306,000坪。中世には、神官同士の争いや千葉氏に代表される武家からの神領侵犯があり、
千葉氏の滅亡後、代わって関東に入った徳川家康の下で天正19年(1591年)に検地が行われた結果、社領は大幅に削減され、現在37,000坪

香取神宮は、国家鎮護の神として、皇室からの御崇敬が最も厚いそうです。
それを思わせるような黒々とした社殿d0009105_21241134.jpg
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天皇陛下が行う【四方拝】にも重要視されているのが分かります。
★これ興味深いです !!★ 礼拝の仕方の映像
ここ是非クリック
 元日の午前5時30分に、天皇が黄櫨染御袍と呼ばれる束帯を着用し、皇居の宮中三殿西側、神嘉殿の南側の庭に設けられた建物の中に入り、
 伊勢神宮の皇大神宮・豊受大神宮の両宮に向かって拝礼した後、四方の諸神を拝する。
[伊勢神宮、皇大神宮、神武天皇陵・先帝三代(明治天皇陵、大正天皇陵、昭和天皇陵)、豊受大神宮、氷川神社、賀茂別雷神社、賀茂御祖神社、石清水八幡宮、熱田神宮、"鹿島神宮""香取神宮"]
現在ではあくまでも皇室の私的な行事とはなっているが、天皇陛下が年初に国民と国家の安寧を遥拝されてお祈りされる神聖なことのひとつとされている。
※やはり天ちゃまは、一心に国民のために祈って下さっているのだと感じる。退位しても、今の天皇にやって頂きたいw)


             一の鳥居
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境内配置図d0009105_21434697.jpg










             参道入り口
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二の鳥居d0009105_1440332.jpg       d0009105_14404968.jpg








鳥居の脇に、木の立派な看板が。
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                                  定
『車・馬を乗り入れる事
 魚・鳥を捕える事
 竹・木を伐る事
 境内において禁ずる』

三の鳥居d0009105_14423295.jpg 
       総門d0009105_1443496.jpg




 
                楼門
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                 拝殿
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回廊d0009105_14453684.jpg 境内 d0009105_1447318.jpg













          神幸祭立て札
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香取神宮の式年神幸祭には華麗な龍頭船が行き、鹿島神宮から典雅な迎え船が出るそうです。


混雑
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実際はこんな感じ。表参道、裏参道ともにぎっしり並んでいました。


夕景の画像を見つけました
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夕暮れ、灯が燈った神社っていいですよね♪ 
次回は夕方だw



香取神宮宝物館http://www.chiba-web.com/chibahaku/13/  
                   
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●国宝 「海獣葡萄鏡」中国唐時代                 
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●重文「双龍文鏡 和銅鏡」製作年代(1149)
正倉院御物、大山祇神社の神鏡と共に 『日本三銘鏡』





●重文 「古瀬戸黄釉狛犬 1対」阿像・吽像d0009105_14522615.jpg
  室町時代。阿像は250 円切手のデザインとなっている。








★重文の数々の古文書(中のひとつ『香取大禰宜家文書 15巻7冊(381通) 』はなぜか個人蔵で、平安時代からの記録の詳細が不明?鹿島神宮のような本が出来るといいのに何とかならんものかしら…


菊の御紋の戦艦香取の舳先d0009105_1453714.jpg












ショーケースd0009105_14534495.jpg









★宝物館にしては何だか不思議なものがいろいろと。
一階には、「練習艦かとり」に乗船した訓練生が奉納したという世界各地のお土産物品が。。。マヤの暦だったり、メキシコの彫物や仮面、モルフォ蝶の額、なんとバリ島の黒檀の女性の胸像も・・・意味不明すぎる。こういうものを奉納している海自幹部候補生、大丈夫かね?
 2階には、海獣葡萄鏡や重文の品々ほか、外国人作の日本の古代神話絵画集が・・・宝物館に入れるべきものなのかね。
  博物館や美術館と違い、学芸員が居るわけではないから仕方ないと思うが、他の神社仏閣はきちんとしているよね。

 本殿など数年前に大規模修繕などして完璧なのに、宝物館は古色蒼然、老朽化丸出しでした。
その上、あの展示方法…国宝と土産物が同じところにあるって変ですよ。
そのうち建物をリニューアルするんでしょうが、その際はきっちり分けて展示して欲しいものです。

   


【奥  宮】(おくのおみや)d0009105_1561844.jpg
香取の宮中、旧参道の中程に鎮座。経津主大神の荒御魂を祀ります。
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     現在の社殿は、昭和48年、伊勢神宮御遷宮の折の古材に依るもの。




奥宮にふさわしいひっそり感
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奥宮の入口左側に「天真正伝神道流」始祖・飯篠長威斎 墓」がありました。
立看によると、
日本最古の剣道の流儀を始めた人物。以来、中条流、影久流、鹿島神道流などが誕生。
"香取神宮の境内"で、剣法の奥義を極めた。ので、そのため、鹿島神宮と香取神宮は共に剣道を学ぶ人たちにとっての聖地にもなっているそうな。ナルホド…
特に、香取神宮の神徳館には剣道と精神修養のための合宿にも盛んに使われているそうな。
【神徳館】神徳館
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                             弓道場d0009105_15921.jpg

 弟子として、鹿島神宮の神官の息子塚原ト伝は、父親から学んだ鹿島古流(鹿島中古流)に加え、天真正伝香取神道流を修めて、これは私でも知ってる「鹿島新当流」を開いた。







1月16日には【星鎮祭】 
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弓道場に設けられた大星的を射ぬき、邪気を祓う祭事。
星の運行を乱し、世の混乱を起こす「アメノカカセオ(あまつみかぼし)」という神を、
香取の神が弓で射落とし、星塚に鎮めたとする神事です。
弓道場の矢道に大星的を設置し、4名の射士が射ぬいた後、竹を塚に見立てた小さな砂山に刺して、星の神を鎮めます。
私はなんだか、この鎮められた「アマツミカボシ」さんが気になるんです^^
  




御神木の大杉。向こうは神札授与所
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要石d0009105_15144755.jpg
鹿島神宮のは凹んでいましたが、どんな意味があるのでしょうね。








            奉納された自衛隊練習艦かとりの錨
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【津宮の浜鳥居】 香取神宮の奥宮から真北に進むと利根川の川岸に木の大きな鳥居が建っています。d0009105_15203156.jpg津宮鳥居とか浜鳥居と呼ばれているようです。「津」は湊のことだそうです。
昔は「香取の海」「香取の流れ海」と呼ばれ、鹿島神宮と香取神宮はこの内海を挟んで鎮座。                  
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(1,300年前から明治時代前期まで)
 

今は霞ヶ浦も小さくなり、この湊のある場所も利根川沿いになりましたが、ここが香取神宮の参拝入口だったことをうかがわせます。
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川から見た鳥居と常夜灯。護岸が高いな…








摂社のひとつ【又見神社】d0009105_152531100.jpg

 
向かって右脇に古墳の石室が露出しています。d0009105_23415825.jpg  


← ↓








多分つくば産の雲母片岩を組み合わせた石室で玄室のみ残存。
コの字に刳り貫いた玄門の造りは、つくば市の官衙に行ったついでに見た平沢古墳群とよく似ている。


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江戸時代の俣見神社図 これにも記載されていますね。
社殿の下2mにも箱式石棺があるそうな。見たい…



小さな奉献品を納めたら、神札を頂きました
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                               御朱印、これで三社すべて揃いました。



















三社守りd0009105_15131245.jpg  d0009105_15134153.jpg











三社めでたく廻り、神紋3枚全て貼ることが出来ました♪
  神紋は、鹿島=「流れ三つ巴」息栖=「三つ巴」香取=「五三の桐」




☆☆☆香取神宮は列に並ぶスタイルなので、10人ほどの幅でずーーーーーーーっと、表・裏参道共に並び、参道の両側の店々も入れないくらいでした。手水なんてどこにあるやら分からず探してやっと見つけ、離れているせいか空いていた奥宮を拝しました。
鹿島神宮も人出は多かったですが、自由に入れましたので並ばされるのはどうかなと思いましたが、あちらと比べると狭いので仕方ないのかしら。行列に並んでいたら、多分4時間くらいかかったのではないかと…(-_-;)
 三が日は香取神宮の参拝は避けたほうがいいと思いました。
    次回は桜か新緑の季節にゆっくり回りたいです。

※※※ 成田山新勝寺など、まとめに続く
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by bumidayat | 2017-01-21 21:20 | お出かけ

元旦 鹿島神宮 東国三社巡り ➋

懸賞 2017年 01月 17日 懸賞

12月15日【息栖神社ここクリックの続きです】

三社の位置                   
        1,300年前から明治初期まで             現在                 d0009105_124121.png d0009105_124731.png








国は本気で埋め立てしたのね。





10月に行った、米国の宇宙飛行士が宇宙から日本のある場所が光っているのを見て、訪ねてきたという【御岩神社】ここクリック
創立年代が古すぎて不明なので、創立年ランキングに一度も入ったことがないそうですが、この鹿島神宮も相当な昔。
ランキング一例ここクリック



【鹿島神宮】ここクリック
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常陸国(茨城県)の一之宮である鹿島神宮は、全国に約600社ある鹿島神社の総本社です。
創建は神武天皇の時代と伝えられており、関東の中で最古の神社です。

「神宮」と名の付く神社は今ではいくつも見られますが、
平安時代から、伊勢神宮の他に神宮と呼ばれたのは、この鹿島神宮と向かい側の千葉県にある香取神宮だけだそうです。

主神は武甕槌神(タケミカヅチ)。アマテラスに命じられ本拠地鹿島から、神栖の天鳥船神(息栖神社の)に先導され、出雲の大国主と和平交渉して成功した神様です。

平安時代には、鹿島出身の藤原氏(中臣)の勧請で、御蓋山(三笠山)→春日大社へ、この鹿島神宮のタケミカヅチ神のご分霊が、息栖神社のアマノトリフネ神の先導で、白い神鹿に乗って行きました。(50年後の政変時に、次に書く香取神宮のフツヌシ神(経津主神も勧請されました)

このとき、旧地名「香島」(かぐしま)(かしま)だったものを「鹿島」と称するようにと。

だから、春日大社には社殿が更にお迎えした二神を含め、四つ並んでいるんですって。
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ですので、春日大社と奈良公園の鹿のルーツは鹿島神宮。(鹿島で一度、絶滅して一部が里帰りして現在に至るww)
 今公開されている国立博物館の「春日大社 千年の秘宝展」にも行きたいな~。
ここクリック
同じ神様を祀っているのに春日大社はうまいですよね。朝廷の庇護を受け続けていたというのもあるし、祀り方も華やかであでやか。おかげで世界遺産にもなりましたね。


鹿島神宮は440,000坪と広いけれども、文禄四年さらに佐竹氏が改めて29,900石を寄進したのに、豊臣秀次に500石に減らされたり、大火にあったり不運も。
一石は約300坪だから8,970,000坪が、1,000坪になっちゃったわけね。
この年、秀次は秀吉の怒りに触れ自害させられたそうな。神罰かしらん。
 もしそのまま頂ければ、9,470,000坪だったのにね。それでも伊勢神宮に遠く及ばないw
ちなみに伊勢神宮は27,500,000坪ですって、世田谷区ぐらいだそうな。すごい…

その昔、遷宮も行われていて、明治初期までは斎王制度があったそうです。お役目は神官のお嬢さんが。


行く前に図書館で常陸国風土記はじめ、探せるだけの三社関係の本を読んだのですが、特にこの本は素晴らしい内容でした。昭和43年出版の先代の大宮司の書かれた本で、「ほー」とか「へー」とか「え、そうだったの!」というところをコピーしようと付箋を付けていったら、ほとんど全部になってしまい(^^;)買うことにしました・笑
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(鹿島神宮だけではなく、古事記や地誌など、並々ならぬ知識に感嘆。また戦後はGHQに皇室から厚い御崇拝を受けていたため睨まれ、ジープで石段を乗り上げてきたなんて話も)


さて、鹿島のタケミカヅチ神のご分霊は、白鹿に乗り、数々の鹿を引き連れて春日大社へ向かいます。
立ち寄った東京の江戸川区にゆかりの鹿骨(ししぼね)という地名が残っています。
(東京に地名変更の嵐が吹き荒れた時に、地元の人々の大反対でこの地名が残ったそうです)
町のあちこちに鹿の像がd0009105_20284147.jpg
だから小中学校やバス停などにも^^

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鹿骨神社 鹿の像がありますね

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 「…神護景雲元年(西暦767年)に、藤原氏は氏神である鹿島の大神の 御分霊を奈良にお迎えして春日神社を創建しましたが、そのとき、御分霊を神鹿の背に乗せ、多くの鹿を連れて一年がかりで奈良まで行きました。
その時の鹿の足跡が、東京都江戸川区の鹿骨をはじめとして、東海道を三重県の名張まで続いて残っています…
村の口碑によると、常陸の国鹿島郡の鹿島大神が、大和国奈良の春日へお移りになる途中、大神のお供をしていた神鹿が急病でたおれたので、村人たちが丁寧に葬って祀ったのが鹿見塚で、村人たちは、これを奇縁として武甕槌命の分神と天照大御神ほか三神を勧請して一社を建立し、鹿島神社と名づけたともいわれている」(江戸川区教育委員会)

          鹿見塚神社や鹿島神社もあります。d0009105_20321599.jpg






また滋賀県草津もお通りになり、立木神社も出来ました。d0009105_20345394.jpg立木神社について
ここクリック
あちこちに足跡が残っているんですね。










神宮橋から見える 海鳥居(一の鳥居)
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水に赤い鳥居は美しいですね。

バスからは見えませんが、海岸の二の鳥居
             d0009105_13345730.jpg
(昭和初期頃)護岸が出来ているけど開口部がある

        (昭和中頃)
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護岸が高くなり塞がれてしまった


             (3.11地震後)d0009105_1337204.jpg
護岸が更に高くなり、海から入れない現在。仕方ないとはいえ、海も見えないし、ちょっと悲しい。






境内図
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楼門を過ぎるとほとんどすぐに横向きの本殿が。


                  d0009105_2126485.jpg

  d0009105_13523227.jpg楼門

手水には10mほども並んでいましたが、大き目の手水舎に柄杓がたくさんあるので意外に順調に進みました。
あとは並ぶ指示がないので、沢山の人で大混雑ではありますが、広い境内、それなりにお参りは出来ました。




楼門を入り正面に小さな高房社。
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本宮の社殿正面に鎮座していますが、全く目立たないのでほとんどの人がお参りしないけど、本殿に詣でる前に参拝するのが古例なんだそうです。
祀られているのは建葉槌神(タケハヅチ神)。
 タケミカヅチ命は葦原の中つ国をことごとく平定しましたが、星の神の香香背男(カガセオ。アマツミカボシとも)だけは服従しなかったので、建葉槌命(たけはづちのみこと)を遣わし懐柔したそうです。
 本殿の真向かいに、小さいとは言え祠を作って祀るのは功労賞でしょうか、とても珍しいのではないかと。
 服従させられた天津甕星(あまつみかぼし)。別名、天香香背男(あめのかがせお)、星神香香背男(ほしのかがせお)。多分、金星でカガは輝き、金星ではとのこと。
古代、星神を信仰していた部族があり、それが大和王権になかなか服従しなかったことを、「まつろわぬ神」として表しているんでしょう。日立と水戸の間の大甕という土地には「大甕神社」というカガセオを祀った、比較的大きな神社があります。(天津甕星この人"神"だけど気になります)

上の写真は左が仮殿です。
 もともと20年に一度本殿は建てなおしたり修理してきました。その間本殿の神魂は仮殿に御移りになられるのですが、この仮殿の位置は何度も変更になったようです。
昔は楼門をはいって正面にこの仮殿がおかれたこともあったと書かれていました。
 写ってないけど右側に拝殿と本殿。


拝殿
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他には見られない北向きに建てられています。人が多いので上の方だけ。

本殿内陣は、出雲大社とほとんど同じに神様の位置が横向き
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 ちなみに、出雲大社の内陣。d0009105_1484731.jpg








なので人が居ないから横へ周り、独りお参りしました。警備員さんが怪訝な顔(笑)
本殿横d0009105_14215360.jpg












【宝物館】 
国宝、重要文化財、茨城県指定文化財、その他御神宝の数々を収蔵展示しています。
 圧巻は、国宝「直刀 金銅黒漆平文大刀拵」(じきとう こんどうくろうるしひょうもんたちごしらえ)
通称「韴霊剣」「布都御魂剣」(ふつのみたまのつるぎ)全長約2m71cm・刀身2m23cm奈良時代
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『常陸国風土記』には、慶雲元年(704年)に鹿島の浜の砂鉄で剣を造ったと記されています。(「風土記の考古学」ちょっと読んだ。)

「平国剣」(くにむけのつるぎ、ことむけのつるぎ)とされ、戦いの刀ではなく、一振りで国を平定する神刀ということ。
日本神話「国譲り」において葦原中国(あしはらのなかつくに)を制圧するために、タケミカヅチが力を発揮し、神武東征の際、危機に陥ったイワレビコ(神武天皇)を助けるために、タケミカヅチが進呈し、その霊力によって難局を乗り切ったということが言い伝えられています。
(あまりに長いので、相当下がらないと全身の撮影が出来ないそうです・笑)

その後、剣は神武天皇即位後に宮中に祀られ、のち崇神天皇の御世に石上神宮(奈良県天理市)に遷され祀られたとされたということになっているそうですが、HPを見たところ、石上神宮の剣は全く形が違うようですね。禁足地から発掘されたそうですが、それがフツノミタマノツルギとどうやって確認したのかな…
(アマテラスに命ぜられるまま、出雲で和平交渉、神武を助けるたけ大事な剣の貸し出し、おまけに取り上げられちゃって…良かったのかね、でも本物はあるもーんて? ^^;)


境内
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人がいないとこんな様子ですね。

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素朴で原初の宮の姿を思わせます。


更に奥にある御手洗池d0009105_212953.jpg 鯉がd0009105_2124629.jpg
素晴らしく透明。 昔はこちら側から入り、ここで禊をしてから参拝だったそうな。
子供が入っても大人が入っても水が胸の高さまでという言い伝えが。
















要石d0009105_213299.jpg


               鹿園の鹿
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    さざれ石d0009105_214365.jpg










境内内外にたくさんの摂社・末社・元宮などがあります。  
 摂社のひとつ三笠神社
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祀られているのは「三笠神(みかさのかみ)」となっており、神宮のHPでは「古い記録には「甲宮三笠大明神とも申し奉る。または山の神とも申す。地守の神なり」とあり、三笠山の名前は、奈良の春日へ御分霊奉遷のとき一緒に遷って奈良の「御蓋山」(みかさやま)となったと伝えられています。」 と書かれています。
この鹿島神宮創建の時に、この鹿島の森は三笠山と称されており、そこに鎮座していた神社のようです。いわゆる鎮守の森の神だったのでしょうかね。


撤下 神饌(てっかしんせん)を頂きました。
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撤下神饌とは、お供えした神饌の一部をお下がりとしてみんなにお頒ちするもの。
若布とアオサ入りとろろ昆布、神札等。神様の食べ物の御裾分けですね^^
 奉献の品は嵩張らず軽い物をと、小さなお菓子を持参したので恐縮しました。

三社守りd0009105_2183236.jpgd0009105_2194715.jpgイチイの木で作られた三角柱の三面に各社の神印。三社を巡って授いた神紋を貼るお守り。
 左の赤いのは三社を巡った記念に頂いたお守り。


d0009105_21102355.jpg三角柱、これがわかり易いね。↓













御朱印
d0009105_21111828.jpgd0009105_21114139.jpg







































三社の神札
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【おまけ】
うつろ舟d0009105_2113257.png(是非クリックして拡大してね)
江戸時代のUFOか、潜水艦か?








馬琴の記事より抜粋『享和三年(1803年)の春二月二十二日、当時寄合席の小笠原越中守(石高四千)の知行所、常陸の国「はらやどり」という浜で、沖の方に舟のようなものが見えた。
浦人たちが小船で出て浜辺に引き寄せてみたところ、舟の形は香盒のように丸く、長さは三間(約5.45m)あまり、上は格子のガラス窓で樹脂で固めてあり、底は鉄の板を筋のように張り合わせていた。おそらく岩礁から船底を守る工夫だろう。
 皆で上の方から舟の内側を覗いてみたところ、見慣れない風貌の女性がひとり乗っていた。
その眉と髪は赤く、顔はピンク色。髪型は白くて長い辮髪で、背中に垂らしていた。
言葉が通じないので、どこの者か尋ねることもできない。
この蛮女、二尺(約60cm)四方の箱を持っていて、特別愛着のあるものとみえて、片時も離そうとせず、誰にも触らせようとしなかった。
 船中にあるものをつぶさに調べたところ、水二升が入った小瓶、敷物二枚、菓子のようなもの、肉を練ったような食料があった。蛮女は浦人たちが集まって話し合っているのを、微笑みながらのんびり見ているばかりであった。
古老が言うには、「これは蛮国の王の娘が他所へ嫁いだものの、不貞が発覚して相手は処刑、娘はうつろ舟に乗せて流すことで生死を天に任せたのではないか。(中略)昔、やはりこのように蛮女がうつろ舟で流されて近くの浜に漂着したことがあった。(後略)」と。
 これがお上に知られては村の負担も大変だ。海に戻してしまった先例もあるのだからと、また元のように舟に戻して沖へ引いて流してしまったという。
 もし思いやりの気持ちがあれば、こんなひどいことはしなかったであろうが、こればかりはその蛮女の運命が不幸であったというしかない。
また、蛮字がたくさん書かれていたとのとだが、後で考えれば最近浦賀の沖に来たイギリス船にもこのような蛮字があった。ということは、その蛮女はイギリスかベンガル、もしくはアメリカあたりの蛮王の女ではなかろうか。
当時の好事家が書き写して伝えたものは、そのようなものであった。図説ともに大雑把で具体的でないのが惜しい。もしこのことをよく知る者がいるなら、ぜひ詳しく聞かせてほしいものだ』

ほとんど同じような絵と内容の書が数か所に残り、とひとつの村では公式書類として残っているそうです。
流されてあちこち漂着したものか、伝聞で書いたところがあるのか…ひとつには女は死んだというのも。
  海岸を持つ県は面白い逸話が多くて楽しいですよね。



☆☆☆決められた滞在時間、1時間20分ではとても足りませんでした。境内外の摂社や元宮なども見たいので、良い季節になったらまた行きたいと思います。「鹿嶋 神の道」というウォーキングコースもあるそうですので♪


※※ 香取神宮・まとめへ続く









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by bumidayat | 2017-01-17 22:49 | お出かけ

初詣の前置き

懸賞 2017年 01月 03日 懸賞

秋に東国三社参りをしようと思い立ち、初詣ツアーを探しました。
ですが、開催日とS坊のお休み日が合わず、息栖神社は先に私だけ行くことにし、一社である息栖神社のない元旦発のものに申し込みました。

息栖神社へ行った日記はこれです。http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1957399353&owner_id=3656577

秋から三社についての本を図書館で借りまくり、DVDも買って(これ無駄だった冷や汗)、私なりに勉強。
そしたら知らなかったことばかりで、書きたいことが山のようになってしまいました(汗)
それは自分の興味の対象として、非公開にしてあれこれ書くことにするのが吉。

ここでは旅日記をズルズル書くに留めることにします。

申し込んだのは、クラブツーリズムの(長いタイトルのツアー名)
{食べきりフォアグラ丼付き ! 朝採れ野菜の持ち帰りも ローストビーフなど30種以上のランチビュッフェ 成田山新勝寺・香取神宮・鹿島神宮 三社寺初詣}

集合地は行くのが楽な千葉県松戸駅前市民劇場前。
(ビュッフェじゃなく、本当はブッフェですよね)

 ツアー内容は、松戸=西船橋=鹿島神宮=香取神宮=ANAクラウンプラザホテル成田でランチビュッフェ=空の旅さくら館で飛行機の離発着を眺める大迫力のビューポイントと特産品の買い物=成田山新勝寺=西船橋=松戸
移動距離160km トイレ付きバス

[ツアーについて結果から言うと、添乗員のお兄さん、すごい早口、余計な言葉が多い、マイクに口を近づけ過ぎで声がこもり、何を言ってるのか良く分からずS坊に聞いてもバスに戻る時間が分からなかったりしました。各地で駐車場に入る車列が長かったり駐車場が遠かったりで、時間が押して、さくら館での買い物はスルー、飛行機はバスの中から一機見ただけでした。採れ立て野菜はサツマイモでしたw なんだよ]

バスの到着は10分ほど遅れましたが絶好の天気の中、渋滞もなく、スイスイと。朝日が眩しくカーテン閉めっぱなしでどこを通ったのか分からないうちに鹿島神宮に到着。

☆☆前置きが長くなり、年末から頼まれていた猫シッターがまだ終わらないので落ち着かないので、本編は次に・・・・・・・・・・
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by bumidayat | 2017-01-03 04:29 | お出かけ | Comments(0)

息栖神社 東国三社巡り ❶

懸賞 2016年 12月 15日 懸賞

東国三社といわれる、千葉の香取神宮と、茨城にある鹿島神宮、息栖神社。
関東人として行っておかねばなるまいと言い訳して、楽に行ける日帰りバスツアーの「東国三社めぐり」に参加しようと思いました。
 ですが、S坊のお休みと合わず、初詣に一社足りないけど「二社+成田山新勝寺」を申し込みました。

12月12日。
なので、私だけ先に三社のひとつ、息栖神社(いきすじんじゃ)に行ってきました。
ここクリック

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東京駅から鹿島神宮行きの高速バス。
鹿島臨海工業地帯があるため、20分間隔。平日は出張のサラリーマンでいっぱいだそうですよ。
鹿島アントラーズのスタジアムがあるため、試合日は特別便も出るそうな。
きょうは、カップル、カメラ機材を担いだ男性など日曜ならではの乗客で窓側が満員。

一時間20分。アヤメで有名な水郷潮来バスターミナルで数人が降りました。
(古いけど、潮来花嫁さんとか潮来の伊太郎などに唄われましたね)
水郷潮来(すいごういたこ)ここクリック
江戸時代は日本橋から小舟を仕立て、千葉から乗合船で川伝いに水郷めぐりと三社詣出が楽しみだったそうです。そんな風流なことしてみたい…

さらに10分の鹿島セントラルホテルで下車。(鹿島神宮へはここからさらに30分)
鹿島セントラルホテル)ここクリック
 バスターミナルがある新しくて明るい新館は一階吹き抜けで、モールには三越やら観光案内所、地元の産物などのお店、エステなどが。真ん中のオープンカフェは気持ちが良さそうでした。
 上の結婚披露宴会場も覗いてみました。人が幸せになる場所を見るのが好き♪(一時的にせよね)
年末年始の宿泊プラン、なんだか格安…日ごろ都内ホテルのバカ高いCMでそんなものだと思っていたので驚きました。泊まりたいな~お部屋から鹿島灘の初日の出が見られます^^


さて、神社に行くべく歩き始めました。2kmということでしたが、寒かったのに晴天で汗だく。
農村地帯で日差しを遮るものがなく、12月に日焼けが怖いなんて・・・
休み休みでかなり時間がかかりました。


【神栖市HPより】息栖神社は日本最古の神社の一つとも謂われ、鹿島神宮の最初の社殿は息栖神社の境内林からの樹木で建築された由緒ある古社です。
また、鹿島神宮と香取神宮を合わせ東国三社の一つに数えられる名社で、その昔には関東以北の住民で“お伊勢参り”をなした人達が感謝の“伊勢お礼参り”(「下三宮詣り」)に訪れた神社の一社でもあります。
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息栖神社は第十五代応神天皇の御代270~312年、沖洲とも沖津とも呼ばれていた地の日川(にっかわ)に創建とされていて、鎮座していた祠を平城天皇の御代、大同2年(806年)藤原内麻呂の命により息栖に遷座。
 社殿は享保8年に建てられ、貞観8年(876年)、宝永3年(1723年)、弘化4年(1848年)に建て替えられ、壮麗な社だったそうですが昭和35年に焼失。残念…コンクリート造りで昭和38年に完成。ああもったいない!

本殿の横に置かれていた四角石は火災焼失前の社殿礎石。創建以来本殿の基礎石として使用されていたそうです。
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古くから文人墨客が訪れる社であり、昭和五年に三笠宮様からは息栖神社と彫られた水晶印を賜ったそうです。
d0009105_22522027.jpg紅水晶ね^^

社務所の前には、御手植えの立派な「宮桜」、春の開花が楽しみです。






霞ヶ浦と北浦から流れ来る常陸利根川畔にどっしりと建つ一之鳥居は御影石製。船溜まりの手前、鳥居の先に忍潮井(オシオイ)があります。 
 その昔(西暦194年 神巧皇后3年)、息栖神社の土地が海(香取の海)に囲まれていた時代、この場所からだけ海水を押しのけ真水が湧出していたので押潮井(おしおい・忍潮井)と呼ばれた不思議な井戸です。
伊勢の「明星井(あけぼののい)」と伏見の「直井(なおい)」と共に“日本三霊水”として珍重されています。
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水上から見て左鳥居が男甕井、 右の小さな鳥居が女甕井。
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息栖神社の古図
 
一之鳥居は海の中にあり船を使っての参拝風景が見て取れます。水中の鳥居は姿がいいですよね^^

社殿まで約300m、参道の両側には商家や宿屋などで賑わっていた様子が判ります。
鳥居の前左右に男甕井と女甕井も描かれています。

香取神宮、鹿島神宮、息栖神社の三社の神は海からやってきたという言い伝えがあり、三社とも海に面して鳥居があります。
海とのかかわりと言っても、現在ではいずれも内陸に位置する神社なので、利根川沿いだったりして、わかりにくかと思いますが、古代の海岸線をみると判りますね。

??応神天皇の御代、海の沖洲に建てられていた神社が現在の地に移った大同2年、この男女二甕井が取り残されてしまいました。
甕たちは三日三夜嘆き悲しんだ後に神社を追いかけて海を渡り、鳥居の下にピタリと据わったとの言伝えがあります。
元の地、日川には、甕たちの泣き声そのままに「ボウボウ川」と甕の別称・瓶との別れを惜しんで「瓶立ち川」の地名が残っているそうです。



息栖神社一之鳥居近くの常陸利根川畔から遠望するとくっきりと霊峰・筑波山が・・・
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うちから見える形と少し違います^^


水辺の第一之鳥居から真直ぐに約300mで息栖神社第二之鳥居。(3.11地震を耐えました)
「東国三社息栖神社」の石柱を拝見して二之鳥居をくぐります。
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神社自体はこじんまりしていますが、広大な巨木の森に囲まれ、歴史を感じます。

主祭神・岐神(くなどのかみ)、副祭神に天鳥船神(あめのとりふねのかみ)と住吉三神を祀り、「天鳥船神」は国譲りの神話の際に鹿島神宮の武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)を先導した神様です。(諸説あり)

厄除招福・海上安全を祈願する神社。


息栖神社二之鳥居を入ると左側に稲荷神社。参道に並んだ狐様が出迎えてくれます。
二之鳥居から神門に至る参道脇には沢山の大石灯篭、両側は鬱蒼とした木々が生茂る広大な境内杜。

手水舎で清めて朱塗りの御神門に向かいます。そして、手水舎の龍口から出る水は、忍潮井から引いているとのことです。ありがたやありがたやd0009105_233552.jpg















御神門から拝殿への途中に近郷の若衆が力比べを競った“力石”が置かれていました。
50貫余と云いますから188kgほどの重さでしょうか?d0009105_2343784.jpg 













その脇に貞享4年(1687年)に参拝に訪れた時に詠んだ松尾芭蕉の古句碑「この里は 気吹戸主の 風寒し」が建てられています。d0009105_235204.jpg
気吹戸主(いぶきとぬし)は息栖神社の祭神(清浄・蘇生・発展の神)、
「この神域に入ると気吹戸主の霊で心身ともに清くなり、風が吹き抜ける様な清清しさに浸れる」と言う意味だそうです。






境内には沢山の歌碑や句碑が見られます。平安鎌倉時代に詠まれた句に、
この地は「鹿島潟沖洲の森」「沖洲の津」などと記され、いつしかナマって息栖となったそうです。

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×印が現在の息栖神社の位置
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最近のスピリチュアリストとやらが直角三角形だの、富士山からの夏至だの冬至方向だの、筑波山から何やらと喧しい。

大昔の地図から
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海の部分がまだかなり多い。元の位置だと正三角形ですよねw

さらに大昔の地図から
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(赤ポチが息栖神社) 沖の洲にあったのが良く分かります。



奉献のお菓子を渡し、御朱印を集めてはいないけれど、、この三社のは頂きたいとお願いしたら、権禰宜さんはわざわざ墨をすって書いてくれました。色紙は珍しいですねと言いながら^^
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参拝客が極少ないので神社の御由緒などお話ししてくれました。
高速バスから歩いて来たと言ったら驚かれ、タクシーを呼んでくださいました[m:206]

お守りをいくつかとお札を一枚授けて頂き、神社を後にしました。
そのひとつ、三社守り
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イチイの木の三角柱の各面に三社それぞれの神印。神紋を貼りつけるというもの。
あと二社…
 

タクシー5分wwであっと言う間♪
神社のみが目的でしたのでまだ早い時間だなと、ホテル附随の温泉に入ることにしました。
「美人の湯『ゆの華』」ここクリック
(実は密かに着替えを持参していたの)

温まりさっぱりして高速バスでぐっすり^^


☆デジカメ不調のため、画像はお借りしたものです☆

☆☆☆ちょっと不便なところにありますが、なぜか魅力のある社でした。いい季節にまたゆっくり行きたいと思います。

※※※ 鹿島神宮・香取神宮・まとめへ続く









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by bumidayat | 2016-12-15 23:40 | お出かけ

P.M. なんのことやらw

懸賞 2016年 11月 22日 懸賞

 11/19

金町のあちこちでクリスマスイベントと共に、理科大の壁面でプロジェクションマッピングが見られると言うので、☆ほんの一部だけどここ☆ 仕事帰りのS坊と待ち合わせて行こうかなと、
今朝出がけにS坊に言ったけど無言だった。

風邪が次の段階で鼻と咳に移ったしまあいいやと、夕方コタツでうとうとしていたら、「今、綾瀬」と電話。慌てて着替えてカメで待ち合わせ。(乗り換えの池袋で電話せんかい!)

理科大が越してきた年に見物したときの mixiの日記
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1916431138&owner_id=3656577

以前国立博物館の壁面のをちらりと見たので、ちょっと期待。
理科大の学生が角々に立ち、案内をしていた。みんなニコニコと感じが良い♡ 
途中のヨーカドーの無料コインロッカーにカバンを預けて手ぶら♪ 

③の管理棟の壁面に映したの。第一回目は式典とかブラスバンドとかライブなんかもあったらしい。
ここ

まず理科大の学生作のを上映。まあこんなものだよねw 明るくなりミニステージで学生二人の葛飾区の名所をパロった歌、というより叫びw あとで声が枯れただろう。
さっそくyoutibeにupした人がいる。
これ
第一回目の上映のせいか長い。ゲーム画面みたい。

期待のプロ作のは…わざわざベルギーの第一人者に頼んだそうだけど大したことなかった。短かったし。一回目の上映ではやはり長かったのかしらん? 私が途中から見たの?


久しぶりの金町なので何か食べて帰ろうかと思ったけど、S坊のカバンが重いし、ヨーカドーと東急ストアで買い物して帰った。

寒いというのでポンころに着ぶくれして行ったら、汗かいてしまった。

★なぜ一部の文字だけ白いんでしょう??
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by bumidayat | 2016-11-22 04:55 | お出かけ

10月28日 午後 御岩神社【宇宙編】

懸賞 2016年 10月 30日 懸賞

<前頁、虎塚古墳【地下編】の続きです。>

海鮮丼のランチ後、また海浜鉄道で勝田に戻り、JR普通列車で30分。日立駅に到着。

日立駅は新しく広さもたっぷり。なんと、駅舎が全面ガラスで海が一望♪
小声で、わ~お!!と叫びながら近づいてしまいました。
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調べたら、グッドデザイン賞、ブルネル賞(Brunel Award)というのに輝いているそうです。さもありなん。
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付随しているカフェは海にでっぱり、更に絶景でしょう。カフェなのに結構ボリュームのあるメニューらしいので、ちょっとお茶というわけにもいかず入りませんでした。リンクここ
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海側のバスロータリーも、これまた手すりの向こうは海!
冬は海風で寒そうだけどw

駅と海の間にある、海の上を走る日立バイパスからは、海と駅舎の二つの絶景が楽しめるでしょうね。事故の元かw
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国道6号線だから水戸街道だわね。うちのそばからズルズルと行けるわけだ。時間かかるだろうな。
一般道だからS坊をこき使って行きたいww









そして乗るバスは反対側の中央口から。
駅前には、さすが日立制作所の企業城下町、巨大タービンや何やら分からないけど大きなモニュメントが二つありました。
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駅の方から見ると画像ほど威圧感はありません。

駅からは1kmほどが、巨木の桜並木でした。春に来たいな。
街並みはおしゃれな今風のお店と懐かしい少し前の「昭和」の雰囲気のお店が混在し、民家もみな大き目で、国立を更に落ち着いた感じにしたような。

バス停は日立関連の名前がちらほら。シビックセンターはじめ、たくさんの企業があるのが分かります。
駅はラッシュ時だけ企業向けに開ける改札口があるそうです。

15分ほどで坂道が増えたなと思ったら、もう山を登っていました。バスの周囲は緑のみ。
日光いろは坂のような、つづら折りの道を何の苦も無くすいすいと運転するドライバーに感服。まあ、当たり前かw
  

駅について色々語ってしまったけど、目的の
 御岩神社
リンクここ

御岩神社は賀毘禮山(かびれ山)の中腹にあり、お山全体がご神域になっており、
なんと188柱もの神様をお祀りしていると言うこと。

それと、かつてアポロ14号の宇宙飛行士エドガーミッチェル氏が
宇宙から地球を眺めた時に、1か所だけものすごく光っている場所があって、その緯度や経度を計測し、後日来日し訪ねてきて先代の神主さんが驚いたそうな。


それだけでなく、日本人初の女性宇宙飛行士の向井千秋さんも
スペースシャトルに乗って宇宙から地球を眺めてたら、
日本に光の柱が立っていてスタッフと共に、その場所を調べてみたら日立の山中だった・・・と言われているそうです。←これについての信憑性はよく分からない。

そのような場所があることを知ったのは、数年前。。。
だけど、北茨城は個人では行ったことないし、当時はまだパワースポット流行りでもなく、ツァーもない。絶対一人では行けないだろう・・・と思っていた。

今回、虎塚古墳に行くべく調べていたら、なんと常磐線で古墳の勝田駅から30分で日立駅ではないの♪
これは行かない手はない ! と時刻表を首っ引きで、行く順序や日にちを四苦八苦して調整し、やっと実現。


創建について(HPから抜粋)


創建は不明ですが、

当山御岩山は古来より神々が棲む聖地として崇められてきた霊山であります。文献で初めて現れるのは、713年編纂の「常陸國風土記」に「かびれの高峰(御岩山の古称)に天つ神鎮まる」と記され、考古学においても、それを裏付けるように、古代縄文人が神々を祀る祭祀遺跡等が発掘されております。

縄文時代からの聖地なんですね。

    鳥居
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樹齢500年の三本杉フォト巨木のあまり先端まで写せない
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御岩神社
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主祭神
国常立尊(くにとこたちのみこと)
大国主命(おおくにぬしのみこと)
伊邪那岐尊(いざなぎのみこと)
伊邪那美尊(いざなみのみこと) 
他二十二柱

斎神社
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祓神社
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ここまでで雨が本降りになり、上にある奥宮である、メインで行きたかった「かびれ神宮」などは断念。

賀昆禮(かびれ)神宮 

御祭神
天照大神(あまてらすおおみかみ)
邇邇藝命(ににぎのみこと)
立速日男命(たちはやひをのみこと)

薩都神社中宮
御祭神
立速日男命(たちはやひをのみこと) 

御岩山(かびれ山)山頂の少し手前にある細長い石柱みたいなものが、立速日男命(たちはやひをのみこと)が降りたと伝わる場所だそうです。
これが光って宇宙から見えたんだろか…

日立は日本で一番古い地層だそうです。なんと、5憶4千2百万年前。露出して見える場所もあるそうです。
こちらPDF(?)だっけ、まだざっとしか読んでないけど、とても面白いことが出ています(多分私だけ)
日立市はゴンドワナ大陸の一部だったそうです、地層が露出しているところも。ジオパークでは石が見られるとも。
リンクここ

☆雨の中、団体さんがガイドの説明を受けながら、やはり、かびれ神宮まで行かず数か所お参りして降りて行きました。

☆若いカップルが、帰り際に手水にたまった水でばちゃばちゃと手を洗っていて罰当りめがと思っていたら、出口脇に置いてあった掃除用のブラバケツの水と車用のブラシで靴をゴシゴシと洗っていました。二重に罰が当たるといい…

☆丁度というか運悪くというか、県北芸術祭とかいうのが開催されていて、https://kenpoku-art.jp/御岩神社もその展示場所の一つとされていました。杉木立に青緑の紗のような長方形の薄い布がぶら下げられ、落ち葉か何か落下物を受ける網かと思いましたよ。
自然とは全く融合しないと思います。現代アートは分からん。


バスで日立駅へ、そのまま特急で帰ればいいのですが、行きたいところがありまして…
勝田駅へ戻りました。

マツコのTV番組で見たバリ風内外装のファミレス。ベビーフェイスプラネッツへ。
勝田駅から4分。この8月に出来立て。
リンクここd0009105_22365619.jpg

メニューはインドネシア料理のナシ・ゴレンやミ―・ゴレン、ガドガドなどありますが、基本はイタリア料理のようです。
分量は元々多めで、希望によりもっと多くも少なくともできるそうで、オムレツなどもおいしいとのこと。

クックドゥのアジアンライスシリーズのハイナンチキンを揚げたような、シンガポールチキンとアスパラベーコンのジェノベーゼスパゲティーを注文。
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どちらもとてもおいしかったです♪
 やはりスパゲティーの分量が多く、半分お持ち帰りにしました。
S坊が「おいしい♡ サイゼリアの一人前くらいあるよ」ww
東京進出の予定はないそうですが、東京だって地価や貸店舗の安いところで人も道路も多いところはあるのだから、考えてくれるといいなぁ。

なんと、本店は奈良県だそうです。そのせいか、関西にお店が多い。


勝田市内のスーパーで買い物と思っていましたが、相変わらず☂本降りなのであきらめ、また特急ときわで帰りました。

☆日立駅の「ぶらっとひたち・日立交流プラザ」リンクここ でいくつかお土産を買い、神社でお守りなどを授きましたが、実はデジカメ最近使ってなかったら、行方不明になってしまいました。
画像は全て借り物です。

☆駅構内のコンビニでは、水戸名物の、藁苞納豆や、のし梅、水戸の梅など売っていました。
水戸の梅はたくさん入っているし、白あんが甘いし、わらづとは納豆出すのにひと苦労だしで買いませんでしたw
なんとコンビニコーヒーが70円でしたよ、お釣り返されて、あら嬉しい^^

北茨城に個人で行ったのは初めてでしたが、色々あって面白かったです。全国の人気都道府県で下位だそうですが、宣伝がヘタなのでしょうね。楽しいとこいっぱいなのに。
 またお小遣い貯めて行きますよ♪
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by bumidayat | 2016-10-30 22:52 | お出かけ