元旦 鹿島神宮 東国三社巡り ➋

懸賞 2017年 01月 17日 懸賞

12月15日【息栖神社ここクリックの続きです】

三社の位置                   
        1,300年前から明治初期まで             現在                 d0009105_124121.png d0009105_124731.png








国は本気で埋め立てしたのね。





10月に行った、米国の宇宙飛行士が宇宙から日本のある場所が光っているのを見て、訪ねてきたという【御岩神社】ここクリック
創立年代が古すぎて不明なので、創立年ランキングに一度も入ったことがないそうですが、この鹿島神宮も相当な昔。
ランキング一例ここクリック



【鹿島神宮】ここクリック
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常陸国(茨城県)の一之宮である鹿島神宮は、全国に約600社ある鹿島神社の総本社です。
創建は神武天皇の時代と伝えられており、関東の中で最古の神社です。

「神宮」と名の付く神社は今ではいくつも見られますが、
平安時代から、伊勢神宮の他に神宮と呼ばれたのは、この鹿島神宮と向かい側の千葉県にある香取神宮だけだそうです。

主神は武甕槌神(タケミカヅチ)。アマテラスに命じられ本拠地鹿島から、神栖の天鳥船神(息栖神社の)に先導され、出雲の大国主と和平交渉して成功した神様です。

平安時代には、鹿島出身の藤原氏(中臣)の勧請で、御蓋山(三笠山)→春日大社へ、この鹿島神宮のタケミカヅチ神のご分霊が、息栖神社のアマノトリフネ神の先導で、白い神鹿に乗って行きました。(50年後の政変時に、次に書く香取神宮のフツヌシ神(経津主神も勧請されました)

このとき、旧地名「香島」(かぐしま)(かしま)だったものを「鹿島」と称するようにと。

だから、春日大社には社殿が更にお迎えした二神を含め、四つ並んでいるんですって。
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ですので、春日大社と奈良公園の鹿のルーツは鹿島神宮。(鹿島で一度、絶滅して一部が里帰りして現在に至るww)
 今公開されている国立博物館の「春日大社 千年の秘宝展」にも行きたいな~。
ここクリック
同じ神様を祀っているのに春日大社はうまいですよね。朝廷の庇護を受け続けていたというのもあるし、祀り方も華やかであでやか。おかげで世界遺産にもなりましたね。


鹿島神宮は440,000坪と広いけれども、文禄四年さらに佐竹氏が改めて29,900石を寄進したのに、豊臣秀次に500石に減らされたり、大火にあったり不運も。
一石は約300坪だから8,970,000坪が、1,000坪になっちゃったわけね。
この年、秀次は秀吉の怒りに触れ自害させられたそうな。神罰かしらん。
 もしそのまま頂ければ、9,470,000坪だったのにね。それでも伊勢神宮に遠く及ばないw
ちなみに伊勢神宮は27,500,000坪ですって、世田谷区ぐらいだそうな。すごい…

その昔、遷宮も行われていて、明治初期までは斎王制度があったそうです。お役目は神官のお嬢さんが。


行く前に図書館で常陸国風土記はじめ、探せるだけの三社関係の本を読んだのですが、特にこの本は素晴らしい内容でした。昭和43年出版の先代の大宮司の書かれた本で、「ほー」とか「へー」とか「え、そうだったの!」というところをコピーしようと付箋を付けていったら、ほとんど全部になってしまい(^^;)買うことにしました・笑
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(鹿島神宮だけではなく、古事記や地誌など、並々ならぬ知識に感嘆。また戦後はGHQに皇室から厚い御崇拝を受けていたため睨まれ、ジープで石段を乗り上げてきたなんて話も)


さて、鹿島のタケミカヅチ神のご分霊は、白鹿に乗り、数々の鹿を引き連れて春日大社へ向かいます。
立ち寄った東京の江戸川区にゆかりの鹿骨(ししぼね)という地名が残っています。
(東京に地名変更の嵐が吹き荒れた時に、地元の人々の大反対でこの地名が残ったそうです)
町のあちこちに鹿の像がd0009105_20284147.jpg
だから小中学校やバス停などにも^^

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鹿骨神社 鹿の像がありますね

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 「…神護景雲元年(西暦767年)に、藤原氏は氏神である鹿島の大神の 御分霊を奈良にお迎えして春日神社を創建しましたが、そのとき、御分霊を神鹿の背に乗せ、多くの鹿を連れて一年がかりで奈良まで行きました。
その時の鹿の足跡が、東京都江戸川区の鹿骨をはじめとして、東海道を三重県の名張まで続いて残っています…
村の口碑によると、常陸の国鹿島郡の鹿島大神が、大和国奈良の春日へお移りになる途中、大神のお供をしていた神鹿が急病でたおれたので、村人たちが丁寧に葬って祀ったのが鹿見塚で、村人たちは、これを奇縁として武甕槌命の分神と天照大御神ほか三神を勧請して一社を建立し、鹿島神社と名づけたともいわれている」(江戸川区教育委員会)

          鹿見塚神社や鹿島神社もあります。d0009105_20321599.jpg






また滋賀県草津もお通りになり、立木神社も出来ました。d0009105_20345394.jpg立木神社について
ここクリック
あちこちに足跡が残っているんですね。










神宮橋から見える 海鳥居(一の鳥居)
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水に赤い鳥居は美しいですね。

バスからは見えませんが、海岸の二の鳥居
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(昭和初期頃)護岸が出来ているけど開口部がある

        (昭和中頃)
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護岸が高くなり塞がれてしまった


             (3.11地震後)d0009105_1337204.jpg
護岸が更に高くなり、海から入れない現在。仕方ないとはいえ、海も見えないし、ちょっと悲しい。






境内図
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楼門を過ぎるとほとんどすぐに横向きの本殿が。


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  d0009105_13523227.jpg楼門

手水には10mほども並んでいましたが、大き目の手水舎に柄杓がたくさんあるので意外に順調に進みました。
あとは並ぶ指示がないので、沢山の人で大混雑ではありますが、広い境内、それなりにお参りは出来ました。




楼門を入り正面に小さな高房社。
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本宮の社殿正面に鎮座していますが、全く目立たないのでほとんどの人がお参りしないけど、本殿に詣でる前に参拝するのが古例なんだそうです。
祀られているのは建葉槌神(タケハヅチ神)。
 タケミカヅチ命は葦原の中つ国をことごとく平定しましたが、星の神の香香背男(カガセオ。アマツミカボシとも)だけは服従しなかったので、建葉槌命(たけはづちのみこと)を遣わし懐柔したそうです。
 本殿の真向かいに、小さいとは言え祠を作って祀るのは功労賞でしょうか、とても珍しいのではないかと。
 服従させられた天津甕星(あまつみかぼし)。別名、天香香背男(あめのかがせお)、星神香香背男(ほしのかがせお)。多分、金星でカガは輝き、金星ではとのこと。
古代、星神を信仰していた部族があり、それが大和王権になかなか服従しなかったことを、「まつろわぬ神」として表しているんでしょう。日立と水戸の間の大甕という土地には「大甕神社」というカガセオを祀った、比較的大きな神社があります。(天津甕星この人"神"だけど気になります)

上の写真は左が仮殿です。
 もともと20年に一度本殿は建てなおしたり修理してきました。その間本殿の神魂は仮殿に御移りになられるのですが、この仮殿の位置は何度も変更になったようです。
昔は楼門をはいって正面にこの仮殿がおかれたこともあったと書かれていました。
 写ってないけど右側に拝殿と本殿。


拝殿
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他には見られない北向きに建てられています。人が多いので上の方だけ。

本殿内陣は、出雲大社とほとんど同じに神様の位置が横向き
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 ちなみに、出雲大社の内陣。d0009105_1484731.jpg








なので人が居ないから横へ周り、独りお参りしました。警備員さんが怪訝な顔(笑)
本殿横d0009105_14215360.jpg












【宝物館】 
国宝、重要文化財、茨城県指定文化財、その他御神宝の数々を収蔵展示しています。
 圧巻は、国宝「直刀 金銅黒漆平文大刀拵」(じきとう こんどうくろうるしひょうもんたちごしらえ)
通称「韴霊剣」「布都御魂剣」(ふつのみたまのつるぎ)全長約2m71cm・刀身2m23cm奈良時代
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『常陸国風土記』には、慶雲元年(704年)に鹿島の浜の砂鉄で剣を造ったと記されています。(「風土記の考古学」ちょっと読んだ。)

「平国剣」(くにむけのつるぎ、ことむけのつるぎ)とされ、戦いの刀ではなく、一振りで国を平定する神刀ということ。
日本神話「国譲り」において葦原中国(あしはらのなかつくに)を制圧するために、タケミカヅチが力を発揮し、神武東征の際、危機に陥ったイワレビコ(神武天皇)を助けるために、タケミカヅチが進呈し、その霊力によって難局を乗り切ったということが言い伝えられています。
(あまりに長いので、相当下がらないと全身の撮影が出来ないそうです・笑)

その後、剣は神武天皇即位後に宮中に祀られ、のち崇神天皇の御世に石上神宮(奈良県天理市)に遷され祀られたとされたということになっているそうですが、HPを見たところ、石上神宮の剣は全く形が違うようですね。禁足地から発掘されたそうですが、それがフツノミタマノツルギとどうやって確認したのかな…
(アマテラスに命ぜられるまま、出雲で和平交渉、神武を助けるたけ大事な剣の貸し出し、おまけに取り上げられちゃって…良かったのかね、でも本物はあるもーんて? ^^;)


境内
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人がいないとこんな様子ですね。

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素朴で原初の宮の姿を思わせます。


更に奥にある御手洗池d0009105_212953.jpg 鯉がd0009105_2124629.jpg
素晴らしく透明。 昔はこちら側から入り、ここで禊をしてから参拝だったそうな。
子供が入っても大人が入っても水が胸の高さまでという言い伝えが。
















要石d0009105_213299.jpg


               鹿園の鹿
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    さざれ石d0009105_214365.jpg










境内内外にたくさんの摂社・末社・元宮などがあります。  
 摂社のひとつ三笠神社
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祀られているのは「三笠神(みかさのかみ)」となっており、神宮のHPでは「古い記録には「甲宮三笠大明神とも申し奉る。または山の神とも申す。地守の神なり」とあり、三笠山の名前は、奈良の春日へ御分霊奉遷のとき一緒に遷って奈良の「御蓋山」(みかさやま)となったと伝えられています。」 と書かれています。
この鹿島神宮創建の時に、この鹿島の森は三笠山と称されており、そこに鎮座していた神社のようです。いわゆる鎮守の森の神だったのでしょうかね。


撤下 神饌(てっかしんせん)を頂きました。
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撤下神饌とは、お供えした神饌の一部をお下がりとしてみんなにお頒ちするもの。
若布とアオサ入りとろろ昆布、神札等。神様の食べ物の御裾分けですね^^
 奉献の品は嵩張らず軽い物をと、小さなお菓子を持参したので恐縮しました。

三社守りd0009105_2183236.jpgd0009105_2194715.jpgイチイの木で作られた三角柱の三面に各社の神印。三社を巡って授いた神紋を貼るお守り。
 左の赤いのは三社を巡った記念に頂いたお守り。


d0009105_21102355.jpg三角柱、これがわかり易いね。↓













御朱印
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三社の神札
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【おまけ】
うつろ舟d0009105_2113257.png(是非クリックして拡大してね)
江戸時代のUFOか、潜水艦か?








馬琴の記事より抜粋『享和三年(1803年)の春二月二十二日、当時寄合席の小笠原越中守(石高四千)の知行所、常陸の国「はらやどり」という浜で、沖の方に舟のようなものが見えた。
浦人たちが小船で出て浜辺に引き寄せてみたところ、舟の形は香盒のように丸く、長さは三間(約5.45m)あまり、上は格子のガラス窓で樹脂で固めてあり、底は鉄の板を筋のように張り合わせていた。おそらく岩礁から船底を守る工夫だろう。
 皆で上の方から舟の内側を覗いてみたところ、見慣れない風貌の女性がひとり乗っていた。
その眉と髪は赤く、顔はピンク色。髪型は白くて長い辮髪で、背中に垂らしていた。
言葉が通じないので、どこの者か尋ねることもできない。
この蛮女、二尺(約60cm)四方の箱を持っていて、特別愛着のあるものとみえて、片時も離そうとせず、誰にも触らせようとしなかった。
 船中にあるものをつぶさに調べたところ、水二升が入った小瓶、敷物二枚、菓子のようなもの、肉を練ったような食料があった。蛮女は浦人たちが集まって話し合っているのを、微笑みながらのんびり見ているばかりであった。
古老が言うには、「これは蛮国の王の娘が他所へ嫁いだものの、不貞が発覚して相手は処刑、娘はうつろ舟に乗せて流すことで生死を天に任せたのではないか。(中略)昔、やはりこのように蛮女がうつろ舟で流されて近くの浜に漂着したことがあった。(後略)」と。
 これがお上に知られては村の負担も大変だ。海に戻してしまった先例もあるのだからと、また元のように舟に戻して沖へ引いて流してしまったという。
 もし思いやりの気持ちがあれば、こんなひどいことはしなかったであろうが、こればかりはその蛮女の運命が不幸であったというしかない。
また、蛮字がたくさん書かれていたとのとだが、後で考えれば最近浦賀の沖に来たイギリス船にもこのような蛮字があった。ということは、その蛮女はイギリスかベンガル、もしくはアメリカあたりの蛮王の女ではなかろうか。
当時の好事家が書き写して伝えたものは、そのようなものであった。図説ともに大雑把で具体的でないのが惜しい。もしこのことをよく知る者がいるなら、ぜひ詳しく聞かせてほしいものだ』

ほとんど同じような絵と内容の書が数か所に残り、とひとつの村では公式書類として残っているそうです。
流されてあちこち漂着したものか、伝聞で書いたところがあるのか…ひとつには女は死んだというのも。
  海岸を持つ県は面白い逸話が多くて楽しいですよね。



☆☆☆決められた滞在時間、1時間20分ではとても足りませんでした。境内外の摂社や元宮なども見たいので、良い季節になったらまた行きたいと思います。「鹿嶋 神の道」というウォーキングコースもあるそうですので♪


※※ 香取神宮・まとめへ続く









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# by bumidayat | 2017-01-17 22:49 | お出かけ

初詣の前置き

懸賞 2017年 01月 03日 懸賞

秋に東国三社参りをしようと思い立ち、初詣ツアーを探しました。
ですが、開催日とS坊のお休み日が合わず、息栖神社は先に私だけ行くことにし、一社である息栖神社のない元旦発のものに申し込みました。

息栖神社へ行った日記はこれです。http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1957399353&owner_id=3656577

秋から三社についての本を図書館で借りまくり、DVDも買って(これ無駄だった冷や汗)、私なりに勉強。
そしたら知らなかったことばかりで、書きたいことが山のようになってしまいました(汗)
それは自分の興味の対象として、非公開にしてあれこれ書くことにするのが吉。

ここでは旅日記をズルズル書くに留めることにします。

申し込んだのは、クラブツーリズムの(長いタイトルのツアー名)
{食べきりフォアグラ丼付き ! 朝採れ野菜の持ち帰りも ローストビーフなど30種以上のランチビュッフェ 成田山新勝寺・香取神宮・鹿島神宮 三社寺初詣}

集合地は行くのが楽な千葉県松戸駅前市民劇場前。
(ビュッフェじゃなく、本当はブッフェですよね)

 ツアー内容は、松戸=西船橋=鹿島神宮=香取神宮=ANAクラウンプラザホテル成田でランチビュッフェ=空の旅さくら館で飛行機の離発着を眺める大迫力のビューポイントと特産品の買い物=成田山新勝寺=西船橋=松戸
移動距離160km トイレ付きバス

[ツアーについて結果から言うと、添乗員のお兄さん、すごい早口、余計な言葉が多い、マイクに口を近づけ過ぎで声がこもり、何を言ってるのか良く分からずS坊に聞いてもバスに戻る時間が分からなかったりしました。各地で駐車場に入る車列が長かったり駐車場が遠かったりで、時間が押して、さくら館での買い物はスルー、飛行機はバスの中から一機見ただけでした。採れ立て野菜はサツマイモでしたw なんだよ]

バスの到着は10分ほど遅れましたが絶好の天気の中、渋滞もなく、スイスイと。朝日が眩しくカーテン閉めっぱなしでどこを通ったのか分からないうちに鹿島神宮に到着。

☆☆前置きが長くなり、年末から頼まれていた猫シッターがまだ終わらないので落ち着かないので、本編は次に・・・・・・・・・・
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# by bumidayat | 2017-01-03 04:29 | お出かけ | Comments(0)

息栖神社 東国三社巡り ❶

懸賞 2016年 12月 15日 懸賞

東国三社といわれる、千葉の香取神宮と、茨城にある鹿島神宮、息栖神社。
関東人として行っておかねばなるまいと言い訳して、楽に行ける日帰りバスツアーの「東国三社めぐり」に参加しようと思いました。
 ですが、S坊のお休みと合わず、初詣に一社足りないけど「二社+成田山新勝寺」を申し込みました。

12月12日。
なので、私だけ先に三社のひとつ、息栖神社(いきすじんじゃ)に行ってきました。
ここクリック

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東京駅から鹿島神宮行きの高速バス。
鹿島臨海工業地帯があるため、20分間隔。平日は出張のサラリーマンでいっぱいだそうですよ。
鹿島アントラーズのスタジアムがあるため、試合日は特別便も出るそうな。
きょうは、カップル、カメラ機材を担いだ男性など日曜ならではの乗客で窓側が満員。

一時間20分。アヤメで有名な水郷潮来バスターミナルで数人が降りました。
(古いけど、潮来花嫁さんとか潮来の伊太郎などに唄われましたね)
水郷潮来(すいごういたこ)ここクリック
江戸時代は日本橋から小舟を仕立て、千葉から乗合船で川伝いに水郷めぐりと三社詣出が楽しみだったそうです。そんな風流なことしてみたい…

さらに10分の鹿島セントラルホテルで下車。(鹿島神宮へはここからさらに30分)
鹿島セントラルホテル)ここクリック
 バスターミナルがある新しくて明るい新館は一階吹き抜けで、モールには三越やら観光案内所、地元の産物などのお店、エステなどが。真ん中のオープンカフェは気持ちが良さそうでした。
 上の結婚披露宴会場も覗いてみました。人が幸せになる場所を見るのが好き♪(一時的にせよね)
年末年始の宿泊プラン、なんだか格安…日ごろ都内ホテルのバカ高いCMでそんなものだと思っていたので驚きました。泊まりたいな~お部屋から鹿島灘の初日の出が見られます^^


さて、神社に行くべく歩き始めました。2kmということでしたが、寒かったのに晴天で汗だく。
農村地帯で日差しを遮るものがなく、12月に日焼けが怖いなんて・・・
休み休みでかなり時間がかかりました。


【神栖市HPより】息栖神社は日本最古の神社の一つとも謂われ、鹿島神宮の最初の社殿は息栖神社の境内林からの樹木で建築された由緒ある古社です。
また、鹿島神宮と香取神宮を合わせ東国三社の一つに数えられる名社で、その昔には関東以北の住民で“お伊勢参り”をなした人達が感謝の“伊勢お礼参り”(「下三宮詣り」)に訪れた神社の一社でもあります。
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息栖神社は第十五代応神天皇の御代270~312年、沖洲とも沖津とも呼ばれていた地の日川(にっかわ)に創建とされていて、鎮座していた祠を平城天皇の御代、大同2年(806年)藤原内麻呂の命により息栖に遷座。
 社殿は享保8年に建てられ、貞観8年(876年)、宝永3年(1723年)、弘化4年(1848年)に建て替えられ、壮麗な社だったそうですが昭和35年に焼失。残念…コンクリート造りで昭和38年に完成。ああもったいない!

本殿の横に置かれていた四角石は火災焼失前の社殿礎石。創建以来本殿の基礎石として使用されていたそうです。
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古くから文人墨客が訪れる社であり、昭和五年に三笠宮様からは息栖神社と彫られた水晶印を賜ったそうです。
d0009105_22522027.jpg紅水晶ね^^

社務所の前には、御手植えの立派な「宮桜」、春の開花が楽しみです。






霞ヶ浦と北浦から流れ来る常陸利根川畔にどっしりと建つ一之鳥居は御影石製。船溜まりの手前、鳥居の先に忍潮井(オシオイ)があります。 
 その昔(西暦194年 神巧皇后3年)、息栖神社の土地が海(香取の海)に囲まれていた時代、この場所からだけ海水を押しのけ真水が湧出していたので押潮井(おしおい・忍潮井)と呼ばれた不思議な井戸です。
伊勢の「明星井(あけぼののい)」と伏見の「直井(なおい)」と共に“日本三霊水”として珍重されています。
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水上から見て左鳥居が男甕井、 右の小さな鳥居が女甕井。
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息栖神社の古図
 
一之鳥居は海の中にあり船を使っての参拝風景が見て取れます。水中の鳥居は姿がいいですよね^^

社殿まで約300m、参道の両側には商家や宿屋などで賑わっていた様子が判ります。
鳥居の前左右に男甕井と女甕井も描かれています。

香取神宮、鹿島神宮、息栖神社の三社の神は海からやってきたという言い伝えがあり、三社とも海に面して鳥居があります。
海とのかかわりと言っても、現在ではいずれも内陸に位置する神社なので、利根川沿いだったりして、わかりにくかと思いますが、古代の海岸線をみると判りますね。

??応神天皇の御代、海の沖洲に建てられていた神社が現在の地に移った大同2年、この男女二甕井が取り残されてしまいました。
甕たちは三日三夜嘆き悲しんだ後に神社を追いかけて海を渡り、鳥居の下にピタリと据わったとの言伝えがあります。
元の地、日川には、甕たちの泣き声そのままに「ボウボウ川」と甕の別称・瓶との別れを惜しんで「瓶立ち川」の地名が残っているそうです。



息栖神社一之鳥居近くの常陸利根川畔から遠望するとくっきりと霊峰・筑波山が・・・
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うちから見える形と少し違います^^


水辺の第一之鳥居から真直ぐに約300mで息栖神社第二之鳥居。(3.11地震を耐えました)
「東国三社息栖神社」の石柱を拝見して二之鳥居をくぐります。
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神社自体はこじんまりしていますが、広大な巨木の森に囲まれ、歴史を感じます。

主祭神・岐神(くなどのかみ)、副祭神に天鳥船神(あめのとりふねのかみ)と住吉三神を祀り、「天鳥船神」は国譲りの神話の際に鹿島神宮の武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)を先導した神様です。(諸説あり)

厄除招福・海上安全を祈願する神社。


息栖神社二之鳥居を入ると左側に稲荷神社。参道に並んだ狐様が出迎えてくれます。
二之鳥居から神門に至る参道脇には沢山の大石灯篭、両側は鬱蒼とした木々が生茂る広大な境内杜。

手水舎で清めて朱塗りの御神門に向かいます。そして、手水舎の龍口から出る水は、忍潮井から引いているとのことです。ありがたやありがたやd0009105_233552.jpg















御神門から拝殿への途中に近郷の若衆が力比べを競った“力石”が置かれていました。
50貫余と云いますから188kgほどの重さでしょうか?d0009105_2343784.jpg 













その脇に貞享4年(1687年)に参拝に訪れた時に詠んだ松尾芭蕉の古句碑「この里は 気吹戸主の 風寒し」が建てられています。d0009105_235204.jpg
気吹戸主(いぶきとぬし)は息栖神社の祭神(清浄・蘇生・発展の神)、
「この神域に入ると気吹戸主の霊で心身ともに清くなり、風が吹き抜ける様な清清しさに浸れる」と言う意味だそうです。






境内には沢山の歌碑や句碑が見られます。平安鎌倉時代に詠まれた句に、
この地は「鹿島潟沖洲の森」「沖洲の津」などと記され、いつしかナマって息栖となったそうです。

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×印が現在の息栖神社の位置
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最近のスピリチュアリストとやらが直角三角形だの、富士山からの夏至だの冬至方向だの、筑波山から何やらと喧しい。

大昔の地図から
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海の部分がまだかなり多い。元の位置だと正三角形ですよねw

さらに大昔の地図から
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(赤ポチが息栖神社) 沖の洲にあったのが良く分かります。



奉献のお菓子を渡し、御朱印を集めてはいないけれど、、この三社のは頂きたいとお願いしたら、権禰宜さんはわざわざ墨をすって書いてくれました。色紙は珍しいですねと言いながら^^
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参拝客が極少ないので神社の御由緒などお話ししてくれました。
高速バスから歩いて来たと言ったら驚かれ、タクシーを呼んでくださいました[m:206]

お守りをいくつかとお札を一枚授けて頂き、神社を後にしました。
そのひとつ、三社守り
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イチイの木の三角柱の各面に三社それぞれの神印。神紋を貼りつけるというもの。
あと二社…
 

タクシー5分wwであっと言う間♪
神社のみが目的でしたのでまだ早い時間だなと、ホテル附随の温泉に入ることにしました。
「美人の湯『ゆの華』」ここクリック
(実は密かに着替えを持参していたの)

温まりさっぱりして高速バスでぐっすり^^


☆デジカメ不調のため、画像はお借りしたものです☆

☆☆☆ちょっと不便なところにありますが、なぜか魅力のある社でした。いい季節にまたゆっくり行きたいと思います。

※※※ 鹿島神宮・香取神宮・まとめへ続く









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# by bumidayat | 2016-12-15 23:40 | お出かけ

P.M. なんのことやらw

懸賞 2016年 11月 22日 懸賞

 11/19

金町のあちこちでクリスマスイベントと共に、理科大の壁面でプロジェクションマッピングが見られると言うので、☆ほんの一部だけどここ☆ 仕事帰りのS坊と待ち合わせて行こうかなと、
今朝出がけにS坊に言ったけど無言だった。

風邪が次の段階で鼻と咳に移ったしまあいいやと、夕方コタツでうとうとしていたら、「今、綾瀬」と電話。慌てて着替えてカメで待ち合わせ。(乗り換えの池袋で電話せんかい!)

理科大が越してきた年に見物したときの mixiの日記
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1916431138&owner_id=3656577

以前国立博物館の壁面のをちらりと見たので、ちょっと期待。
理科大の学生が角々に立ち、案内をしていた。みんなニコニコと感じが良い♡ 
途中のヨーカドーの無料コインロッカーにカバンを預けて手ぶら♪ 

③の管理棟の壁面に映したの。第一回目は式典とかブラスバンドとかライブなんかもあったらしい。
ここ

まず理科大の学生作のを上映。まあこんなものだよねw 明るくなりミニステージで学生二人の葛飾区の名所をパロった歌、というより叫びw あとで声が枯れただろう。
さっそくyoutibeにupした人がいる。
これ
第一回目の上映のせいか長い。ゲーム画面みたい。

期待のプロ作のは…わざわざベルギーの第一人者に頼んだそうだけど大したことなかった。短かったし。一回目の上映ではやはり長かったのかしらん? 私が途中から見たの?


久しぶりの金町なので何か食べて帰ろうかと思ったけど、S坊のカバンが重いし、ヨーカドーと東急ストアで買い物して帰った。

寒いというのでポンころに着ぶくれして行ったら、汗かいてしまった。

★なぜ一部の文字だけ白いんでしょう??
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# by bumidayat | 2016-11-22 04:55 | お出かけ

BEYOND ☆ 長寿と繁栄を

懸賞 2016年 11月 08日 懸賞

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上映時間まで間があるのでロビーの椅子でコーヒー飲んでいた。

向かいには仲良さそうな老夫婦。

あと10分というところで、少し足の悪そうなおじいさんをかばいながら入り口へ。

どの映画見るんだろうなと思いつつ追い越して、足が楽ないつもの最後部中央の席に着いたら、
なーんと、そのご夫婦が !  へー、びっくり。でも私が子供のころにTVシリーズを見ていたんだから、両親も見ていたわけで、まあそこまでお年ではないだろうけど高齢のファンもいるだろうと納得。私もか…

その後、若い人たちに混じって入ってきた人たちを見て、ますます納得。総白髪で見事な白髪の紳士、スーツ姿の多分50代後半…

スタトレ、ファン層が厚い♪

私はあと何回このシリーズを見られるのかと、ちょっと複雑w 長く生きてあと10年、ボケていなかったら何とか来られるか。数年ごとに制作されるから、せいぜい2回、か3回かな…


さて、スタートレック・ビヨンド

今作は、早く言えば、ド直球で分かりやすいストーリー。SFなのに撃ち合い、殴り合い、ラジオ音楽のようなもので敵の情報網を攪乱したりバイク使用等、ローテクでハイテクを倒すシーンは面白かった。
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ところが今度の「BEYOND」では、エンタープライズ号は最初と最後しか出てこない。映画の前半でエンタープライズ号は大破し、助かったクルーたちは、未知の惑星でバラバラになってしまう。しょっぱなに破壊されるのは痛々しくて…

接点のあまりないコンビ、仲悪しコンビでガンバル。
おまけに、船長は今回限りで地上職に移りたい、バルカン人の子孫を残したいと恋人のウフーラと別れたスポックはさらにスポック大使の死を知るなど、それぞれが悩みを抱えながら。

でも相変わらずの「集団としての団結」「平和の希求」というテーマは同じ。
「スター・トレック」の世界観は、メカ類でなく、キャラクターたちで、その独自のSF的世界観が多くのファンを掴んでいるのだと思う。

それは敵の否定的な態度によって強調される。敵は、集団としての団結性は弱点しかもたらさず戦争こそが理想的な社会秩序であるということを主張することで挑戦してくる。

まずは漂流している女性異星人の救助要請に騙され、クルーが人質に取られたり艦に侵入されたり、序盤で襲われてぶっ壊されるエンタープライズ号だけど、その時に敵が使用する群れで襲ってくるウンカのような群体の飛行物体が恐ろしかった。こんな相手倒せるのか? と思いました。この飛行物体はエンタープライズ号のバリアでも防ぐことが出来ない。しかし、ストーリー後半で弱点が見つかる。
 なんと、単純な通信妨害で一網打尽出来ることが発覚した。ちょっと都合良すぎな感じがして、突っ込みたいところだけど、映像の迫力が素晴らしかったので、目をつぶることにする。(笑)

前作でも出てきたヨークシティーが今回は全体像が描かれ、理想的な姿を見せてくれる。
電話ボックスみたいな街角の公衆転送装置、いいなぁ
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それ以外にも、カークの下すある決断とか、スポックが受けた衝撃とか、キャラクターひとりひとりに見せ場がある。
スポックとドクターマッコイ、二人のジョークによるコミュニケーションが多く見られ、面白かった。まぁ、お決まりのやり取りではありますが。
ドクターは、「俺は医療主任だ!」と叫びながら活躍を見せていて、それが余計に笑いを誘う。

新メンバーに決まったジェイラが可愛くてカッコいい。スコッティ―にお嬢さんと呼ばれていたw
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スターウォーズの登場人物みたいなミテクレだけどね。


明らかに、アントン君、追悼のため差し込まれたであろう、「チェコフの酒」ブランデーだと思うが、カークとドクターがうまそうに飲みかわすシーン。
それにプライムスポックの死の知らせを受け、届いた遺品の箱から出てくる昔のTOSメンバーの写真。赤いユニフォームに涙。



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終わって字幕までの暗転で、二人へのシンプルな追悼文が表示され、さらに涙ぐんでしまった。
for Anton が悲しい。


でも演じている俳優たちが死んでしまっても、キャラクターたちは生きつづける。
すでに次回も制作決定だそうです。



いつもの最後の「宇宙、それは最後のフロンティア」の朗読もいいなー。

    ------------- Live Long And Prosper -------------
             長寿と繁栄を

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他にエリザベス女王とかウイリアムなんかもあった。

☆ ヨルダンの国王が14億かけてスタートレックランドを作るという話はどうなったんだろ
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☆☆ 塩コショウ入れ カッコイー、欲しい
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# by bumidayat | 2016-11-08 23:22 | 好きなもの

10月28日 午後 御岩神社【宇宙編】

懸賞 2016年 10月 30日 懸賞

<前頁、虎塚古墳【地下編】の続きです。>

海鮮丼のランチ後、また海浜鉄道で勝田に戻り、JR普通列車で30分。日立駅に到着。

日立駅は新しく広さもたっぷり。なんと、駅舎が全面ガラスで海が一望♪
小声で、わ~お!!と叫びながら近づいてしまいました。
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調べたら、グッドデザイン賞、ブルネル賞(Brunel Award)というのに輝いているそうです。さもありなん。
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付随しているカフェは海にでっぱり、更に絶景でしょう。カフェなのに結構ボリュームのあるメニューらしいので、ちょっとお茶というわけにもいかず入りませんでした。リンクここ
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海側のバスロータリーも、これまた手すりの向こうは海!
冬は海風で寒そうだけどw

駅と海の間にある、海の上を走る日立バイパスからは、海と駅舎の二つの絶景が楽しめるでしょうね。事故の元かw
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国道6号線だから水戸街道だわね。うちのそばからズルズルと行けるわけだ。時間かかるだろうな。
一般道だからS坊をこき使って行きたいww









そして乗るバスは反対側の中央口から。
駅前には、さすが日立制作所の企業城下町、巨大タービンや何やら分からないけど大きなモニュメントが二つありました。
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駅の方から見ると画像ほど威圧感はありません。

駅からは1kmほどが、巨木の桜並木でした。春に来たいな。
街並みはおしゃれな今風のお店と懐かしい少し前の「昭和」の雰囲気のお店が混在し、民家もみな大き目で、国立を更に落ち着いた感じにしたような。

バス停は日立関連の名前がちらほら。シビックセンターはじめ、たくさんの企業があるのが分かります。
駅はラッシュ時だけ企業向けに開ける改札口があるそうです。

15分ほどで坂道が増えたなと思ったら、もう山を登っていました。バスの周囲は緑のみ。
日光いろは坂のような、つづら折りの道を何の苦も無くすいすいと運転するドライバーに感服。まあ、当たり前かw
  

駅について色々語ってしまったけど、目的の
 御岩神社
リンクここ

御岩神社は賀毘禮山(かびれ山)の中腹にあり、お山全体がご神域になっており、
なんと188柱もの神様をお祀りしていると言うこと。

それと、かつてアポロ14号の宇宙飛行士エドガーミッチェル氏が
宇宙から地球を眺めた時に、1か所だけものすごく光っている場所があって、その緯度や経度を計測し、後日来日し訪ねてきて先代の神主さんが驚いたそうな。


それだけでなく、日本人初の女性宇宙飛行士の向井千秋さんも
スペースシャトルに乗って宇宙から地球を眺めてたら、
日本に光の柱が立っていてスタッフと共に、その場所を調べてみたら日立の山中だった・・・と言われているそうです。←これについての信憑性はよく分からない。

そのような場所があることを知ったのは、数年前。。。
だけど、北茨城は個人では行ったことないし、当時はまだパワースポット流行りでもなく、ツァーもない。絶対一人では行けないだろう・・・と思っていた。

今回、虎塚古墳に行くべく調べていたら、なんと常磐線で古墳の勝田駅から30分で日立駅ではないの♪
これは行かない手はない ! と時刻表を首っ引きで、行く順序や日にちを四苦八苦して調整し、やっと実現。


創建について(HPから抜粋)


創建は不明ですが、

当山御岩山は古来より神々が棲む聖地として崇められてきた霊山であります。文献で初めて現れるのは、713年編纂の「常陸國風土記」に「かびれの高峰(御岩山の古称)に天つ神鎮まる」と記され、考古学においても、それを裏付けるように、古代縄文人が神々を祀る祭祀遺跡等が発掘されております。

縄文時代からの聖地なんですね。

    鳥居
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樹齢500年の三本杉フォト巨木のあまり先端まで写せない
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御岩神社
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主祭神
国常立尊(くにとこたちのみこと)
大国主命(おおくにぬしのみこと)
伊邪那岐尊(いざなぎのみこと)
伊邪那美尊(いざなみのみこと) 
他二十二柱

斎神社
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祓神社
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ここまでで雨が本降りになり、上にある奥宮である、メインで行きたかった「かびれ神宮」などは断念。

賀昆禮(かびれ)神宮 

御祭神
天照大神(あまてらすおおみかみ)
邇邇藝命(ににぎのみこと)
立速日男命(たちはやひをのみこと)

薩都神社中宮
御祭神
立速日男命(たちはやひをのみこと) 

御岩山(かびれ山)山頂の少し手前にある細長い石柱みたいなものが、立速日男命(たちはやひをのみこと)が降りたと伝わる場所だそうです。
これが光って宇宙から見えたんだろか…

日立は日本で一番古い地層だそうです。なんと、5憶4千2百万年前。露出して見える場所もあるそうです。
こちらPDF(?)だっけ、まだざっとしか読んでないけど、とても面白いことが出ています(多分私だけ)
日立市はゴンドワナ大陸の一部だったそうです、地層が露出しているところも。ジオパークでは石が見られるとも。
リンクここ

☆雨の中、団体さんがガイドの説明を受けながら、やはり、かびれ神宮まで行かず数か所お参りして降りて行きました。

☆若いカップルが、帰り際に手水にたまった水でばちゃばちゃと手を洗っていて罰当りめがと思っていたら、出口脇に置いてあった掃除用のブラバケツの水と車用のブラシで靴をゴシゴシと洗っていました。二重に罰が当たるといい…

☆丁度というか運悪くというか、県北芸術祭とかいうのが開催されていて、https://kenpoku-art.jp/御岩神社もその展示場所の一つとされていました。杉木立に青緑の紗のような長方形の薄い布がぶら下げられ、落ち葉か何か落下物を受ける網かと思いましたよ。
自然とは全く融合しないと思います。現代アートは分からん。


バスで日立駅へ、そのまま特急で帰ればいいのですが、行きたいところがありまして…
勝田駅へ戻りました。

マツコのTV番組で見たバリ風内外装のファミレス。ベビーフェイスプラネッツへ。
勝田駅から4分。この8月に出来立て。
リンクここd0009105_22365619.jpg

メニューはインドネシア料理のナシ・ゴレンやミ―・ゴレン、ガドガドなどありますが、基本はイタリア料理のようです。
分量は元々多めで、希望によりもっと多くも少なくともできるそうで、オムレツなどもおいしいとのこと。

クックドゥのアジアンライスシリーズのハイナンチキンを揚げたような、シンガポールチキンとアスパラベーコンのジェノベーゼスパゲティーを注文。
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どちらもとてもおいしかったです♪
 やはりスパゲティーの分量が多く、半分お持ち帰りにしました。
S坊が「おいしい♡ サイゼリアの一人前くらいあるよ」ww
東京進出の予定はないそうですが、東京だって地価や貸店舗の安いところで人も道路も多いところはあるのだから、考えてくれるといいなぁ。

なんと、本店は奈良県だそうです。そのせいか、関西にお店が多い。


勝田市内のスーパーで買い物と思っていましたが、相変わらず☂本降りなのであきらめ、また特急ときわで帰りました。

☆日立駅の「ぶらっとひたち・日立交流プラザ」リンクここ でいくつかお土産を買い、神社でお守りなどを授きましたが、実はデジカメ最近使ってなかったら、行方不明になってしまいました。
画像は全て借り物です。

☆駅構内のコンビニでは、水戸名物の、藁苞納豆や、のし梅、水戸の梅など売っていました。
水戸の梅はたくさん入っているし、白あんが甘いし、わらづとは納豆出すのにひと苦労だしで買いませんでしたw
なんとコンビニコーヒーが70円でしたよ、お釣り返されて、あら嬉しい^^

北茨城に個人で行ったのは初めてでしたが、色々あって面白かったです。全国の人気都道府県で下位だそうですが、宣伝がヘタなのでしょうね。楽しいとこいっぱいなのに。
 またお小遣い貯めて行きますよ♪
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# by bumidayat | 2016-10-30 22:52 | お出かけ

10月28日 午前 虎塚古墳【地下編】

懸賞 2016年 10月 30日 懸賞

茨城県東部 ひたちなか市の装飾古墳・虎塚古墳に行きました。
リンクここ
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明日土曜にと思いましたが、古墳マニアが大挙して、はとバスツアーが土日と祭日に来るというので、天候は問題ありでしたが、金曜日の今日に。
一年二回、一週間づつだけ、春・秋の公開です。

上野東京ライナーとして常磐線が今までの「特急ひたち」が品川まで直通になったので、「特急ときわ」が出来、柏にも停まるようになり、柏まで20分。上野まで戻らなくていいので助かりました^^
☆でこっぱち「ときわ&ひたち」
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内装が今どきの需要に合わせて、とても便利。各席にコンセントがあるし、天井の席ランプで次の駅から誰か乗るのか空席のままなのか分かるので、緑ランプでも次の駅でその人が乗車するまで2席使ってくつろいでいられます。
リンクここ


柏から1時間、勝田駅で下車。ひたちなか海浜鉄道にて三駅10分くらいで無人の中根駅着。
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古墳は地図のインターチェンジのあたり。

勝田駅で申し込んでおいた貸自転車にて、いざ…ところが紳士用スポーツ車で直線ハンドハンドル、座高が高く、おまけにサドルが曲がったボロ自転車。しばらく頑張って走りましたが、
たまに来る車が結構なスピード。避けるのがとても危険なため断念。(畑側に一度倒れ込んだ)
トボトボと歩きました・涙 タクシーにしようと思っていたのですが、古墳公開時は貸自転車があると知り、これはいいと思ったのに。ちゃんと整備してくれないと。雨ざらしだし…

寒くて着込んでいたから30分歩いて汗だくで古墳到着。

(旧常陸国那賀郡・今の仲地域)大字中根字指渋(さしぶ)那賀川沿線 上流は栃木県那須岳
周辺の主な古墳 虎塚1~6号墳(分布図■は3・4号墳で方墳、●は円墳、虎塚古墳は1で唯一の前方後円墳)  11●は笠谷古墳群 点在する△は十五郎穴横穴古墳群
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青いとこ歩いたのよ。この図を知っていたら途中で曲がり、色々みながら行けたのに。遠回りして帰りに4号墳見られただけ。足ガクガクで棒みたいになってたわ涙

古墳入り口
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玄室入り口
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昔、アサヒグラフの九州の装飾古墳の特集があり、ショックでした。原日本人の感性は今の日本人と全く違ったのだと。そのパワーに圧倒され、この目で見たいと思うようになりました。
でも無職のおばさんには九州はおいそれとは行かれません。
 そこで調べたら、なんと東日本にもあるではありませんか !
それも一番近い茨城・虎塚古墳が完全な形で残り、一般公開も年2回とはいえ実施♪
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おじさん4人の団体さんが済むまでほんの少し待ち、私一人だけでボランティアのおじさんの説明を聞きながら、ガラス張りの玄室前に正座し、ひれ伏すように見学しました♪
実物は迫力がありました。横には取り外した玄室をふさいでいた大石が置いてあり、ノミ(かしら)で掘った跡でしょうか、これにも感慨深い…


虎塚古墳は全長56.5mの前方後円墳で、推定7世紀造営。発掘は高松塚古墳のすぐあと1973年。発掘は東京国立文化財研究所。
古墳石室は横穴式で、なんと石棺はなく、遺体はそのまま床に置かれていたそうな。(びっくり)

小太刀、刀子、槍鉋、毛抜型鉄器(ピンセット的な鉄器)、ヤジリ、透かし入り鉄板などが遺骨とともに出土。
玄室外からも大量の鉄製品が見つかっている。


被葬者は那賀国造家の意冨氏の族長・建貸間命(たけかしまの・みこと)の子孫と推定されていて、
『国造本紀』によると那賀国造は伊予国造と同祖で、成務天皇(景行天皇の子でヤマトタケルの異母弟、2世紀)によって「仲国造」として派遣されたと記録がある。

『常陸国風土記』に、建貸間命を凶族として討伐のエピソードがあり、その時に唄われた「杵島唄曲」は九州阿蘇連山の杵島岳をなつかしんだものであるため、那賀国造が九州肥前の鹿島あるいは、肥後阿蘇周辺から来て、九州の古墳様式である横穴式構造と装飾を持ち込んだと推定できるそうです。

肥前・肥後では杵島は鹿島と同意であり、肥前(長崎・佐賀)には鹿島、杵島、山鹿などの地名が多く、それらはみな、阿蘇の杵島が岳由来の地名で、『常陸国風土記』筑波郡条の文体、構成、漢文修辞は『肥前国風土記』逸文杵島山条とそっくりであることなどから、鹿島=杵島、那賀国造は肥前からという説がきわめて有力だそうです

那賀国造が伊予国造と同祖であると書かれているのは、伊予国造らが多氏系譜として『古事記』も記載しており、神八井耳命が日本最古の天皇である神武の長男であることも。
常陸までどうやって来たのだろう、 九州や四国から海路で来たのかな~と想像すると、おばさんの胸はロマンチックに膨らむのであります\(^^)/

虎塚古墳にはカビがないそうです。年2回だけの公開と管理が行き届いているからとか。
(石棺がなく遺体がむき出しだったせいもあるらしいです。体のアミノなんとかが分解変質して何やら殺菌効果のある物質に変わるとか・笑)

近くにある埋蔵文化財調査センターで素晴らしい出来の原寸大の古墳レプリカや副葬品などを見学。
玄室のペーパークラフトをくれました^^
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埋文センターの周囲は森で、どんぐりが沢山落ちていました。あちこちで出没する熊さんにあげたい…
埋文センターの紹介映像
http://www.ibaraki.biz/hitachinakamaizou.html
バカみたいな女の子が写っているけど。


来た道をトボトボとまた30分。途中の畑の中に露出した4号墳の玄室。
墳丘の土は、全て畑になっちゃったんでしょうね。いつのことか分からないけど…
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大汗かいて中根駅からまた海浜鉄道で次の那珂湊駅から徒歩10分。
那珂湊港直営の市場と飲食店♪
以前ツアーで来て、おいしかったので、またこぼれ海鮮丼セットを食べました。市場直営だから午後4時にはみな閉店してしまいます。
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ヤマサ水産の、こぼれ海鮮丼。海鮮卵とじ、山盛りあさり味噌汁、浅漬け。1,500円くらい。

また、先の大震災の時はTVで大変な被害に遭ったのを見ました。全て元通りに頑張っていますが、ささやかながら応援の意味を込めて海鮮丼・笑

おさかな市場
リンクここ



☆☆肌寒い柏駅で電車待ちの間に暖かい飲み物をと…自販機も売店も500ml.のペットボトルはまだ冷たいタイプばかりでした。仕方なく300ml.のを買って飲みながら湯たんぽ代わり^^

☆☆熊本の地震で装飾古墳もたくさん被害を被りくずれたところもあるそうです。修復に乗り出すとは聞いていますが、人間救済がまず先でしょうから、ずいぶん時間がかかるでしょうね。

☆☆☆福島の原発近くの福島双葉町にある、みずらに結った人物の線刻装飾で有名な本州最北限の古墳の壁画が塩が吹き出して存続が危ぶまれているそうです。
記事これ
清戸迫古墳
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☆☆☆☆追記 : 勝田駅の手前、水戸から水戸線で数駅の近くにこんな古墳があったそうです。
『桜川市花園古墳群3号墳』
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  なんと、土地の人が古墳の石や岩を自宅利用のため持ち去り、石室をゴムホースの水でごしごし洗い、装飾が失われてしまったとのこと。
  その後の調査である程度の画は調べられ復元し、移設されて出土品と共にレプリカが展示されているそうです。
これも虎塚古墳と同様に第一級の装飾古墳であったそうです。
  あ~、なんて残念なの…でもこんなケースは多いんでしょうね。長い長い時が経っているんですもの。
    やはり原日本人のパワーを感じます。桜川市古墳群 
花園古墳のレプリカは近くの駅そばの神社境内に隣接した施設に展示してあるそうです。
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位置的には、筑波山の北側というところかな。

☆☆☆☆☆ もひとつおまけ。東京・日野の線刻装飾横穴古墳のいたずら書き。
横穴古墳群は、全て盗掘されていて、副葬品は皆無だけれども、
壁の線刻装飾に盗掘者が日付を入れていた。鎌倉時代の永仁2年、6年。
永仁1年から3年にかけて大地震があったので古墳が見つけやすかったのか…
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=次の「宇宙編」につづく=
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# by bumidayat | 2016-10-30 21:22 | お出かけ

重い…

懸賞 2016年 01月 18日 懸賞

マンション提供公園のミモザが、風雪に耐えかねたのか、折れた…
もうすぐ春だから、真っ黄色の花を楽しみにしていたのに。

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# by bumidayat | 2016-01-18 17:04 | 好きなもの | Comments(0)

料理ブログ

懸賞 2016年 01月 10日 懸賞

消滅したD0ブログの料理ブログ、10年ぶりに一部upしました。
画像はほとんどないけど。
        http://yokoak.exblog.jp/
 おいおい続けていくつもり。
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# by bumidayat | 2016-01-10 07:27

糖尿病にダイエットに

懸賞 2015年 11月 11日 懸賞

糖尿病のみなさん! 肉まん、食べたいですよねー!!!
全粒粉の肉まん があるんですよ。
…全く宣伝していないm(_。_)m…

おまけにおいしい♪

ヴィアッチオというレストランで売ってます。
手賀沼湖畔の、道の駅しょうなん内
http://www.michinoeki-shonan.jp/

手賀沼は、東京メトロ直通の、JR柏駅、我孫子駅からバスで10~15分くらいかな、
(私はいつも我孫子駅から)
その日の早朝に運び込まれた、新鮮でおいしい野菜もたくさん売られています。

夏場は作っていないそうで、販売期間は多分10月~3月だと思います。

私は道を挟んだ向かいの温泉http://www.manntenn.com/によく行くのですが、寒い時期は無意識に避けていたようで
タイミングが合わず、これまでに手にしたのはたったの3回です。

そして、直送はしてないので、同病の友人には一旦持ち帰って冷凍して発送しています。

どのくらいの方が、ここのブログをお読みになっているか分かりませんが、
お役に立つといいな~。

温泉+湖+新鮮野菜+全粒粉肉まん、いいことづくめ♪ あ、向かい側の湖畔にはミニプラネタリウムや史跡、古代遺跡などまた違う楽しみもありますよ。
観光大使になりたい私は残念ながら都民ですww



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# by bumidayat | 2015-11-11 15:24 | PKD・体のこと | Comments(0)