Sクリニック

懸賞 2005年 05月 20日 懸賞

水曜日に評判のいいクリニックに行きました。
診療科目が内科・外科・小児科・リハビリテーション・自然療法で一気に具合の悪い処を診てもらえそうだったので。希望と必要があれば漢方も使ってくれるそうで期待大です。

Moreこんなとこよ↓
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# by bumidayat | 2005-05-20 14:39 | PKD・体のこと | Comments(3)

年収100億円って、生涯賃金でも・・・

懸賞 2005年 05月 17日 懸賞

ほほほ~、私だったらもう働かな~い
   自分の病院建てて専属医者飼って、バリ暮らしぃ~♪ 捕らぬ狸のなんとやら

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# by bumidayat | 2005-05-17 12:53 | インドネシアのこと | Comments(4)

狸御殿

懸賞 2005年 05月 17日 懸賞

オダギリジョー主演で「狸御殿」のリメイク版(?)を上映するそうだ。
記者会見の時もポスターも、何となく彼は元気がないような精彩を欠いたような感じ
予告編を見てみたけど、ど~なんだろね、まっ「つ×や」のお世話になるか。

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# by bumidayat | 2005-05-17 00:21 | 好きなもの | Comments(2)

不思議

懸賞 2005年 05月 13日 懸賞

私自身は経験はないけど、インドネシア関係の人から色々な話を聞くので少し

Moreちょっとだけよ↓
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# by bumidayat | 2005-05-13 14:28 | インドネシアのこと | Comments(1)

もっちもち~

懸賞 2005年 05月 11日 懸賞

思いがけず、もちもちで強力な賛同者が現れたので

*わたしの好きなもの・もちもち編*

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# by bumidayat | 2005-05-11 15:30 | おいしいもの | Comments(0)

頭が・・・

懸賞 2005年 05月 10日 懸賞

ワタクシ、今朝起きた時から頭がグラングランして、休んでおります。横になっていても、頭が回るというか目が回っている状態というか・・・。メニエールか?(17年前からの耳鳴りもあるしな~)、血圧が高いのか? 先週から朝に起床して、(←これが普通の人だよね)ずっと寝不足がつづき、風邪気味でもあったし・・・。更年期でもあるし、思い当たる原因だらけ。   こんなにダラダラ書いてないで寝ます・・・コソコソ・・・
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# by bumidayat | 2005-05-10 12:36 | PKD・体のこと | Comments(3)

『私の好きなもの』

懸賞 2005年 05月 09日 懸賞

昔、相良直美のボサノバ『私の好きなもの』というシングルレコードを持っていた。
♪ボサノバのリズム、夜明けの渚、レモンの切り口~で始まり、うんうんとうなづくような物が色々続き、最後は♪あなたが一番好き~ で終わるとてもステキな曲。

レコードがどこにあるかも忘れてしまったが、時々思い出すので
        ちょっと私自身の好きな物を考えてみた。

*海に降る雨(池でも湖でも、降るのは雪でも。何時間でも見ていられる)
*たたずむ犬の後ろ頭(哀愁を感じる・・・奴はなんも考えてないのだけど)
*カウチポテトミステリー
*もちもちした食べ物(太った原因はこれかも)
*ハッピーエンドの物語(ハーレクインロマンスにはまりかけた事あり)
*布の手触り(洋裁好きの元だな)
*透き通ったもの(ガラスもダイヤモンドも同等)
*活字(中毒だね。ゆえに図書館も)
*曇りの日(なんか安心)

  延々と歌になりそうもないものが続きそうなので、この辺にしておくが、
歌と違って最後はsari夫ではなく・・・・・・・やっぱり・・・猫・・・・かな~(^^;)ごめん
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# by bumidayat | 2005-05-09 04:41 | 好きなもの | Comments(3)

父の命日・ドクハラ・連休

懸賞 2005年 05月 01日 懸賞

きょうは父の命日です、もう10年になります。
今ではドクハラなんて言葉もでき、横暴な医者を糾弾していますが、
父もその被害者でした。

狭心症のため通院していた病院で、いつもと違う痛みを訴えたのですが、
原因が分からず
医者は父を見もせず「医者の前では年寄りはなんでも大げさなんだから」と、突き放したような言い草。次に行ったときも、診察室に入ったとたん「わざと具合が悪そうにするんじゃないよ!」などと言い、全く相手にしてくれませんでした。
何度も発作のようなものが起こり、その度にこんな対応で、父は痛みと不安からノイローゼ状態になり、暗い部屋で電気も点けず、うずくまってすすり泣くようになってしまいました。発作状態がおさまって行ったせいもあるかと、起こった時に妹が一緒にタクシーで病院に飛び込み、診て貰いましたが、やはり冷たい態度だったそうです。  この間に3ヶ月が過ぎていました。

このままでは父は大元の病気より先に、精神的にまいってしまうと、元の実家近くの内科・放射線科の先生に相談しました。昔から風邪などでいつもかかっていた医院で、今は二代目の若い先生でしたが、父もよく知っているので少し安心して診察が受けられました。
診断は、ガンの疑いがあるので詳しい検査をするようにと紹介状を書いて下さり、
父には検査のことだけを告げてくれました。

すぐに検査をし、結果は「肺ガン・小細胞ガン」でした。
すでに転移も始まっており、余命3ヶ月とのこと。

父はやさしくて気の小さい人でしたので、自分がガンと知ったらショックでそのまま…あり得ることなので、とても言えず、
抗ガン剤である程度延命できそうなので、入院治療が始まりました。先生方はやさしくて、父は心底ホッとしたようです。
告げられた架空の病名にも納得し、抜け落ちる髪のことも私達に説明してくれる程、先生方を信頼していたようでした。

もし、3ヶ月前に病気が分かっていたら・・・と、妹と私は暗澹たる気持ちでした。医療過誤で訴えられないものかと思いましたが、考えたら「過」でもなく、「誤」でもなし、『何もしなかった』では、どうしようもなく・・・
自分の手に負えない、分からないのなら、検査位してみるとか、小さな病院ではないのだから他の科に回すとか出来たでしょうに。おまけに不安でいっぱいの患者の心を引き裂くような言葉や態度はゆるせません。

痛みも取れて大分楽になり、通院して抗ガン剤投与の治療になりましたが、すでに骨にも転移しており、そして脳にまで及び意識不明になり、亡くなりました。宣告から8ヶ月後でした。

      ***参考までに***
脳に転移してからが早かった。妹から「トイレの場所、どこだっけ」と父が恥ずかしそうに言った、との電話で病院に駆けつけると、歩くのが危なっかしいかんじ。家を出る前に、下着を替えたいと言う父は一人ではパンツをはけず、タクシーにもなかなか乗れなかったそうだ。
診察の時には、かろうじて受け答えができていたが、終わるともう歩けない状態に。
そして、ベッドを整えてもらっているうちに、ろれつが回らなくなった。

ベッドで先生がチェックのための質問に、名前はOkだったが、住所は「商店街」と答えていた。以前住んでいた家の近くに大きな商店街があり、私達家族が長く暮らした場所だったから。父がとても悪くなったのは悲しかったが、妹と二人、ちょっと嬉しかった。
看護士さんが、父の発する言葉が分からず、娘さんなら慣れているから、と通訳を頼まれたが、こんなに短時間でワケの分からなくなった父の言葉にはお手上げ。脳血管の病気のリハビリ中の患者ではないのは看護士さんだって知っているはずなのに。
まあ、しばらくしてに言葉も出なくなったが・・・

当初はまだ体力が残っていたので、無意識に点滴などの管を引きちぎって血だらけになって暴れるので、当初はベッドに拘束されていた。(もちろん私たちの同意の上)

食事が摂れなくなり、栄養点滴になり1か月、医師から3回ほど、点滴チューブをはずすか否かの選択を迫られた。(最終的に、点滴したまま衰弱してガン死か、チューブをはずして餓死かの選択)
 私たちは、すでに痛みを感じなくなった状態だから、父に「餓死」してもらいたくはなかった。

亡くなったのが、ゴールデンウィーク直前だったので、斎場が混んでいて(斎場も連休は休むとは知らなかった) 父は冷凍庫へ・・・
一週間後、父の顔は緑のような紫色のような複雑な顔色で、当然ながらカチカチ。
その6年前の母の葬儀の時は父も現役だったので、参列者が多くて大変だったが、一週間のあいだに、当日来られない方がやってきたりして、初七日になってしまった葬儀は、のんびりしたものだった。準備も妙に落ち着いて出来たような気がする。

  ***なるべく連休あたりには、死なないようにしよっと***
***冷凍は有料、だったような気が。向こうの都合なのに***










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# by bumidayat | 2005-05-01 12:38 | PKD・体のこと | Comments(2)

古いインドネシア関係の本の一部を処分しようと思うのですが

懸賞 2005年 04月 25日 懸賞

本に申し訳ないような気がして・・・
どなたか興味を引く物がありましたら読んでいただけないでしょうか
その後の処理はおまかせしますので、よろしかったら以下に書きますのでどうぞご覧下さい


  書名             副題             著者        出版年                                      
「ブンガワン・ソロ」の国 インドネシアありのまま    高梨幸男    昭和61年
アジアの民と日本人   女性TV記者のみた      渡辺圭     昭和53年
不断着のインドネシア                    奥源造      昭和54年
ASEANという恋人    東南アジアの夢と現実    大橋正障    1978年
新じゃがたら紀行     使用人との交流、主婦グループで旅した・・・
                                  篠塚英子    昭和60年
バリ島の人買い      -ニ・ラウィット-     A.A.パンヂ・ティスナ 1982年西洋かぶれ        -教育を誤って-     アブドゥル・ムイス   1982年
戦争と愛 上・下     長編大河ロマン     S.タクディル・アシャバナ1983年
悲しい魔女        ワヤンの世界の物語      松本亮      1986年
東南アジアから見た日本                  三浦朱門     昭和54年
日系インドネシア人   元日本兵ハッサン・田中の独立戦争 栃窪宏雄 1978年
インドネシアの海を探る バルーナ探検隊記録      白井祥平    昭和57年
アジアはなぜ貧しいのか                    鶴見良行    1982年
日本人と東南アジア   インドネシアで考える       田中彰    昭和58年
南進の系譜                            矢野暢    昭和57年
シンガポールの奇跡   お雇い教師の見た国づくり   田中恭子   昭和59年
スマトラの広野から    ある農業技術者の発言     落合秀男   昭和50年
スンダ生活誌       変動のインドネシア社会     村井吉敬   昭和53年
南の国の古寺巡礼    アジア建築の歴史       千原大五郎  昭和61年
インドネシアの民族   民族精神を探る旅     リー・クーン・チョイ  1976年
東南アジアの構図                       鳥羽嶺次郎  昭和54年
チモール知られざる虐殺の島 (図書館リサイクル本)   田中淳夫    1988年
新じゃがたらぶみ    駐在員のJKT生活の裏と表   平岡栄一   昭和60年
ジャカルタの目                          中村敦夫   昭和60年
スマトラの詩(うた) 異聞 邪馬台国           長沢収     1983年
スカルノ大統領の特使 C.W.Chow回想録        増田与編訳 昭和56年
サバ紀行 10年余の学術調査でふれあった現地の人々 吉川公雄  昭和54年
アジア・オセアニアの旅 日本の文化と子供を考える   真鍋博    昭和54年
アジアの歩き方                          鶴見良行   1986年
チュリタ・ラッヤット   インドネシアの民話と地誌     なみお あや 1985年
ドリアンの国、ロームシャの影 柔軟な若き法学者の旅日記 大沼保昭 1985年
東南アジア一人巡礼     神様を探しに          金盛耕平  昭和59年
シンガ・マンガラジャの構造 スマトラの獅子大王の王権等 大林太良  1985年
アジアに播かれた種子    図書館リサイクル本      村上兵衛  昭和63年
癒しのバリ占い・バリ伝承の聖者の教え(バカバカしいです、暇つぶしに) 1999年
とりあえず、こんなところです。
インドネシア特集の雑誌や切抜きもあるのですが・・・

みな、それなりに古びていますが どなたかにまた読んでいただけたら本も喜ぶと思います。
興味のある本がありましたら、コメント欄かメールでお知らせ頂けたら幸いです
よろしくおねがいします。   sari  (メールratna7450@hotmail.com)

***打ち消し線のあるものは、嫁入り先が決まったものです。ありがとうございました                               

      
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# by bumidayat | 2005-04-25 11:51 | インドネシアのこと | Comments(10)

おちつかない

懸賞 2005年 04月 24日 懸賞

ウチの給湯器がこわれました。
金曜日の夜中に、さぁ~お風呂でゆっくりするぞ~とリモコンセットして蛇口を捻ったが
         ??? なんも出やしない!!! 水さえも・・・

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# by bumidayat | 2005-04-24 17:00 | Comments(1)